ようやく
文字数 1,923文字
我が校では、帰りのホームルーム前に全員で清掃を行う。私が廊下を掃いていると、シュウが空き缶やペットボトルの入ったゴミ袋を持って、教室から出てきた。燃えるゴミは各階にあるダストシュートへ入れればいいけど、それ以外はゴミ置き場まで持って行かなくてはならない。
「これを捨てに行くんだけど、自信がないからついて来て」
「私が代わりに行こうか?」
「いや、女の子に持たせる訳にはいかないよ」
毎度ながら、ジェントルだ。私は近くにいた子にゴミ置き場まで行くと伝えてから、シュウに同行する。
実際のところ、シュウの歩きに迷いはない。本当に場所が分からなかったのかと訝しむ。ジトッと見上げると、シュウは悪戯がバレた子供のように笑った。
「ごめん、口実」
わざわざ二人きりになってまで、話すこととは何か。力強い心臓の拍打ちを気にしながら身構える。
「そんな怖い顔をしないで。結子ちゃんと一緒にいたかっただけだよ」
何だ、ビックリさせないで。シュウが記憶を失う前ならば、そんな風に言って笑えたのに。それくらい、由衣ちゃんと一緒にいたいのだろうか。
「でも、大切な話はあるよ。オレの誕生日、祝ってくれる?」
「勿論、いいよ」
「休みだから出掛けよう。今、面白い映画ってあるかな」
「後で上映中の作品を調べよう。お金があれば、オシャレなレストランでごちそうとか、シュウの欲しいものを何でもプレゼントとか出来るんだけどね」
「結子ちゃんと過ごせれば充分だよ」
少女漫画に登場する男の子が言いそうなセリフだ。ここは、笑って受け流すしかない。
上履きのまま外に出て、ゴミ置き場に到着する。既にゴミ袋の山が築かれていた。シュウは山を崩さないように注意しながら、自分が持っているゴミを載せる。
近くの手洗い場に寄って、シュウは手を洗った。ハンカチで手を拭いた後、私を見つめてくる。訴え掛けるような瞳にたじろいてしまう。
「本当はね、勝負服を着てって、リクエストしたい」
「それは出来ないよ」
「やっぱり駄目か」
シュウはおどけて笑った後、空を見上げた。雲はあるけど、空の青はクラクラしそうな程に濃い。
「どうすれば、結子ちゃんに認めてもらえるんだろう」
誕生日のプレゼントに、由衣ちゃんに関する記憶を贈れたらいいのに。このままではシュウが可哀想だし、見ている私も辛い。
お風呂上がりに部屋で髪を乾かしていると、スマートフォンが鳴った。ほぼメッセージアプリでやり取りをしているので、詐欺電話かと疑いながら、ディスプレイを確認する。シュウの自宅電話からだと知ると、まだ湿った髪を気にしながら通話に応じた。
「もしもし」
『邦倉です。遅くにごめん』
「大丈夫、まだ寝る時間ではないから。どうかした?」
『明日、スマホを持ってきて』
ドクンと、心臓が鳴った。私は、逸る気持ちでシュウに尋ねる。
「記憶、戻ったの?」
『うん、お陰様で』
「いつ、どのタイミングで?」
『詳しくは、明日話す』
「分かった」
シュウが事故に遭ってから、もうすぐ二ヶ月になる。長かったのか、短かったのか。ようやく、元の仲良しコンビに戻れる。
本当に? ハナから友達だと思っていたら、好きと言われても、こんなに迷いや揺れは生じなかったのではないか。それでも、私はシュウと友達でいたいし、恋の応援もしていきたい。
『用件は済んだから切るね。おやすみ、結子ちゃん』
「おやすみ」
通話を切って、はたと気付く。記憶が戻ったのに、私を名前で呼んでいた。
昨夜、シュウとの電話を切った後、目が冴えて寝付けなかった。家を出るまでは頭や瞼が重くてボーッとしたけど、教室でシュウを見つけると、急激に血の巡りが良くなる。
二学期はじめと同じように、シュウはクラスメイトに囲まれていた。記憶が戻ったと報告したらしく、皆は自分のことのように喜ぶ。りなっちが私に気付いて、ササッと近寄ってきた。
「おはよう。シュウの記憶、戻ったみたい」
「良かった、本当に」
本人を目にして、元通りになったことを実感する。勿論嬉しいけど、失恋に似た痛みもあった。感傷的になっていると、りなっちが私の顔を覗き込む。
「ゆいぴ、寝不足?」
「うん。そんなに分かりやすい?」
「目が腫れぼったいもん。冷やした方がいいよ」
「ホームルームまで時間があるから、自販機でジュースを買って、冷却剤代わりにするわ」
「もしかして、既にシュウから教えて貰った?」
コクリと頷けば、りなっちは納得した様子になる。ポンと私の肩を叩いて、耳打ちをしてきた。
「一時間目は退屈な古文だから、寝落ちしないで」
「努力はする」
今、シュウがこちらを見て微笑んだ気がする。早くスマートフォンを返してあげたかったけど、人の輪を掻き分けるのは気が引けた。
「これを捨てに行くんだけど、自信がないからついて来て」
「私が代わりに行こうか?」
「いや、女の子に持たせる訳にはいかないよ」
毎度ながら、ジェントルだ。私は近くにいた子にゴミ置き場まで行くと伝えてから、シュウに同行する。
実際のところ、シュウの歩きに迷いはない。本当に場所が分からなかったのかと訝しむ。ジトッと見上げると、シュウは悪戯がバレた子供のように笑った。
「ごめん、口実」
わざわざ二人きりになってまで、話すこととは何か。力強い心臓の拍打ちを気にしながら身構える。
「そんな怖い顔をしないで。結子ちゃんと一緒にいたかっただけだよ」
何だ、ビックリさせないで。シュウが記憶を失う前ならば、そんな風に言って笑えたのに。それくらい、由衣ちゃんと一緒にいたいのだろうか。
「でも、大切な話はあるよ。オレの誕生日、祝ってくれる?」
「勿論、いいよ」
「休みだから出掛けよう。今、面白い映画ってあるかな」
「後で上映中の作品を調べよう。お金があれば、オシャレなレストランでごちそうとか、シュウの欲しいものを何でもプレゼントとか出来るんだけどね」
「結子ちゃんと過ごせれば充分だよ」
少女漫画に登場する男の子が言いそうなセリフだ。ここは、笑って受け流すしかない。
上履きのまま外に出て、ゴミ置き場に到着する。既にゴミ袋の山が築かれていた。シュウは山を崩さないように注意しながら、自分が持っているゴミを載せる。
近くの手洗い場に寄って、シュウは手を洗った。ハンカチで手を拭いた後、私を見つめてくる。訴え掛けるような瞳にたじろいてしまう。
「本当はね、勝負服を着てって、リクエストしたい」
「それは出来ないよ」
「やっぱり駄目か」
シュウはおどけて笑った後、空を見上げた。雲はあるけど、空の青はクラクラしそうな程に濃い。
「どうすれば、結子ちゃんに認めてもらえるんだろう」
誕生日のプレゼントに、由衣ちゃんに関する記憶を贈れたらいいのに。このままではシュウが可哀想だし、見ている私も辛い。
お風呂上がりに部屋で髪を乾かしていると、スマートフォンが鳴った。ほぼメッセージアプリでやり取りをしているので、詐欺電話かと疑いながら、ディスプレイを確認する。シュウの自宅電話からだと知ると、まだ湿った髪を気にしながら通話に応じた。
「もしもし」
『邦倉です。遅くにごめん』
「大丈夫、まだ寝る時間ではないから。どうかした?」
『明日、スマホを持ってきて』
ドクンと、心臓が鳴った。私は、逸る気持ちでシュウに尋ねる。
「記憶、戻ったの?」
『うん、お陰様で』
「いつ、どのタイミングで?」
『詳しくは、明日話す』
「分かった」
シュウが事故に遭ってから、もうすぐ二ヶ月になる。長かったのか、短かったのか。ようやく、元の仲良しコンビに戻れる。
本当に? ハナから友達だと思っていたら、好きと言われても、こんなに迷いや揺れは生じなかったのではないか。それでも、私はシュウと友達でいたいし、恋の応援もしていきたい。
『用件は済んだから切るね。おやすみ、結子ちゃん』
「おやすみ」
通話を切って、はたと気付く。記憶が戻ったのに、私を名前で呼んでいた。
昨夜、シュウとの電話を切った後、目が冴えて寝付けなかった。家を出るまでは頭や瞼が重くてボーッとしたけど、教室でシュウを見つけると、急激に血の巡りが良くなる。
二学期はじめと同じように、シュウはクラスメイトに囲まれていた。記憶が戻ったと報告したらしく、皆は自分のことのように喜ぶ。りなっちが私に気付いて、ササッと近寄ってきた。
「おはよう。シュウの記憶、戻ったみたい」
「良かった、本当に」
本人を目にして、元通りになったことを実感する。勿論嬉しいけど、失恋に似た痛みもあった。感傷的になっていると、りなっちが私の顔を覗き込む。
「ゆいぴ、寝不足?」
「うん。そんなに分かりやすい?」
「目が腫れぼったいもん。冷やした方がいいよ」
「ホームルームまで時間があるから、自販機でジュースを買って、冷却剤代わりにするわ」
「もしかして、既にシュウから教えて貰った?」
コクリと頷けば、りなっちは納得した様子になる。ポンと私の肩を叩いて、耳打ちをしてきた。
「一時間目は退屈な古文だから、寝落ちしないで」
「努力はする」
今、シュウがこちらを見て微笑んだ気がする。早くスマートフォンを返してあげたかったけど、人の輪を掻き分けるのは気が引けた。
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