白の世界にいるシュウ

文字数 1,436文字

 前日、シュウの家に電話をして、お見舞いする旨を伝えた。終業式以来、私は外に出て、自転車のサドルに跨る。
 ノースリーブのブラウスに、サッカー地の五分丈パンツ。クーラーの利いた部屋では寒いくらいの格好だけど、炎天下では剥き出しの腕が焦げ付くようだ。
 シュウの家に行くのは初めてなので、時々止まっては、地図アプリで確認する。クラスメイトから大まかな道順や目印を教えてもらったので、迷うことなく到着した。
 私の家から自転車で、二十五分くらい。小学校や公園、コンビニエンスストア、スーパーマーケットが揃った住宅街に、シュウの家はあった。
 自転車を邪魔にならない場所に停めて、風で乱れた髪を整える。スマートフォンのディスプレイを見れば、伺うと伝えた時間の二分前だった。呼び鈴を押すと、シュウに似た顔の女性が出迎える。
「こんにちは」
「比奈さんね、待っていたわ」
 シュウのお母さんは微笑んでいるけど、疲れを隠せていなかった。陽が入り込まない玄関にいるので、余計に表情が暗く見える。本来は、華やかな美人さんだろうに。
「修士は、二階に上がって手前の部屋にいるよ」
「分かりました、お邪魔します」
 フローリングの廊下を渡って、大きな音を立てないように注意しながら、階段を昇る。締め切ったドアの前に、鯖トラの猫が陣取っていた。ジッと私を見上げて、小さくニャアと鳴く。
 しゃがんで頭を撫でようとしたら、ヒョイと避けられた。ドアをノックすると、少しの間があった後、生気のない声が返ってくる。
「はい」
「お見舞いに来たよ」
「どうぞ、入って」
「失礼します」
 初めて話した時でさえ、こんなに素っ気ない口調ではなかった。後悔の念がよぎりつつもドアを開けると、スルリとアオちゃんが先に入っていく。
 モノトーンで統一された室内は、不自然なくらいに片付いていた。シュウは壁に寄り掛かりながら、膝を抱えている。
 私にはつれない態度だったのに、アオちゃんはシュウの足に頭をグリグリと擦り付けていた。シュウは困惑気味に、アオちゃんを見下ろす。
 私は、一定の距離を保って屈み込んだ。シュウは目線を上げるけど、焦点がぼやけている。
「いらっしゃい、比奈さんだよね? 君が来ることは聞いていたよ」
「頭や肩を打ったみたいだけど、大丈夫?」
「前に比べて、痛みは引いたかな。それよりも、ガーゼが蒸れて、痒いのが辛い」
 シュウは空気が抜けたような笑い方をする。包帯は巻いていなくて、右側の頬や腕にガーゼを当てていた。外傷は思っていたより酷くないけど、メンタルは相当、参っていそう。
 元々細いのに、数日振りに会ったら、ゲッソリやつれていた。鎖骨が浮き上がり、肌の色も青白い。
 これまでのシュウは、さり気なくオシャレ感を出していた。今は髪がボサボサで、部屋着らしいTシャツとハーフパンツ姿である。
「比奈さんとは、はじめまして、じゃないんだよね?」
「うん。高校からの付き合い」
「そっか」
 思い出すことは放棄しているようだった。ごめんねと謝るように、シュウは薄く笑う。
 ひとまず様子が見られたので、今日はここで切り上げよう。私はリュックから、シュウが記憶を失う前に好んで食べていたスナック菓子を取り出す。
「食欲がないかもしれないけど、良かったら食べて」
「ありがとう」
「明日も来ていいかな」
「いいよ」
 シュウは、だるそうに返事をする。本当は、来て欲しくないのかな。つい怯みそうになったけど、明日は何をお土産に持って行こうかと、強引に頭を切り換えた。
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登場人物紹介

比奈結子(ひな・ゆいこ)

ハキハキした性格の女子高生。

中学時代に失恋して以来、ナカナカ恋ができないでいる。

邦倉修士(くにくら・しゅうじ)

結子と同じクラスで、周りから仲良しコンビとして認定されている。

チャラいイケメンに見られがちだが、実は草食系男子。

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