甘える猫

文字数 1,317文字

 八月に入り、シュウのお見舞いは五回目になる。母親にシュウのことを教えていたので、今日はお中元でいただいたフルーツゼリーを持たされた。二層になったカラフルなゼリーが細長いカップに入っている。
「これ、どうぞ」
「ありがとう、綺麗だね」
 シュウはゼリーを見て、顔を綻ばせる。まだ弱々しさが残るけど、取り繕ったものではないと分かった。これまでと同じく、体調を尋ねて、天気の話をした後、私は腰を上げる。
「じゃあ、また。次は明後日に来るね」
「この後、予定はあるの?」
「ううん。寄り道をしてから帰るつもり」
「外は暑そうだし、涼んでいってよ」
 シュウが私に心を許すまで、もっと時間が掛かると思っていた。嬉しさよりも驚きが大きくて、ポカンとする。シュウが不安そうに見てきたので、慌てて返事をした。
「ありがとう、お言葉に甘えます」
「今、飲み物を持ってくる」
 シュウはフラリと立ち上がると、ゼリーを持って一階に降りた。前に比べれば、手負いの獣っぽさはない。それでも、私がお邪魔をする時は、決まって部屋の隅で蹲っていた。
 いつ来ても、室内の様子に変化がない。このことをシュウに伝えれば、極力ものに触れないからと、答えが返ってきた。
「ちょっと、危ない。どいてってば」
 階段を昇る途中で、シュウが誰かに注意している。首を傾げていると、シュウがグラスの載ったトレイを片手で持ちながら、ドアを開けた。
「お待たせ」
 シュウと一緒に、アオちゃんも入ってくる。アオちゃんが足に纏わり付くので、シュウは苦労しながら腰を降ろした。シュウが胡坐をかいた途端、アオちゃんがスッポリと足の間に収まる。
「そこがアオちゃんの特等席なんだ」
「どういう訳か、ストーキングされるんだ。ドアを開けると入ってくるから、トイレに行く時は大変だよ」
「邦倉くんにメロメロだね」
「困るなあ。猫って、何を考えているか分からないから苦手なのに」
「飼うことを決めたのは、邦倉くんだよ」
 シュウは信じられないと言わんばかりの表情で、アオちゃんを脇に避ける。アオちゃんは不服そうに、ニャアと鳴いた。
 記憶がなくても、やはり、この子はシュウだ。前に同じことをぼやいていたもの。私がクスクス笑うと、シュウは恥ずかしそうに前髪をいじる。
「甘いアイスティーだけど、ミルクは欲しい?」
「このままでOKだよ」
「ゼリーは冷やしてきたから、後で食べよう」
「あれはお土産だもん。ご家族と味わってちょうだい」
「スイーツを食べるなら、女の子と一緒がいいよ」
 無自覚にキザなことをおっしゃる。私は苦笑いしてから、アイスティーの入ったグラスに口をつけた。シュウはアオちゃんに警戒しながら、私に尋ねてくる。
「この子の名前、アオなの?」
「うん。名付け親は邦倉くんだよ」
「どうしてアオなんだろう。目の色は薄い緑だし、毛皮はグレイと黒なのに」
「ヒントは、鯖トラ」
 さて、絶賛記憶喪失中の邦倉くんに謎が解けるかな。考え込む様子になって数分後、シュウが脱力したように笑う。
「鯖は魚編に青だから?」
「ご名答」
「くだらない」
 シュウはボソッと呟いてから、アイスティーを飲む。自分が話題になっていると理解したのか、アオちゃんはシュウに向けて甘えた声を出した。
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登場人物紹介

比奈結子(ひな・ゆいこ)

ハキハキした性格の女子高生。

中学時代に失恋して以来、ナカナカ恋ができないでいる。

邦倉修士(くにくら・しゅうじ)

結子と同じクラスで、周りから仲良しコンビとして認定されている。

チャラいイケメンに見られがちだが、実は草食系男子。

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