第2話

文字数 1,164文字

 この星の上で宇宙船がコントロール不能になり漂流するはめになったのは、間違いなく異様な湿度の高さのせいである。星というより国というべきか。
 急速に鈍い動きになり、船体が錆びついてきたとき、わたしは緊急事態宣言を発令して単独の不時着を決めた。宇宙船は本部に帰還するよう設定してあるが、これだけ通信不能になっているところを見ると、やはり迷子になっている可能性が高い。恐るべし湿度。高すぎる湿度。
 その湿度を甘受している場所は、思いのほか多い。わたしの通うことになったオフィスもそうだ。
 グッドワークと呼ばれるところで「わたしは宇宙人なのだが」と相談を持ちかけたら、サイトウという眼鏡の女性が「それでは雇用宇宙人助成金を申請している事業所がいいですね」とキーボードをたたきだした。
 そうしてわたしは面接へ向かうことになった。まだ夏の入口、しかし十分な暑さにわたしは辟易とした。溶けだしそうな体の原形を保つのに必死だった。
 サイトウはスーツの新調をすすめてきたが、わたしは断固拒否した。あんなものを身にまとったら、たちまちわたしはこの星の一部になってしまうだろう。それは御免だ。わたしには帰る場所がある。それまでのつなぎに過ぎないのだ。
 オフィスは小ぢんまりとまとまっていて、最低限の清潔感を誇っているようだった。応接室で待っていると、スズキがミネラルウォーターを運んできた。わたしは一瞬で飲みほした。
 謎の記号が散らばった試験をいくつか受けさせられた。〇と△の大きさを比べてみたり、展開図を立体にしてみたり立体を展開してみたり。
 Aの街で十万もうけて、Bの村で三十万仕入れて、Cの広場でスズキさんに五万売ったら残りはいくらか、などというエピソードもあった。こんなところにスズキが出ている、と後々驚いたものだ。
 嘘をついたことなどない。人は裏切るものだ。そう思うか否か、という設問集は不可解極まりなかった。そう思う、ほぼそう思う、普通、ほぼそう思わない、そう思わない。面倒だったので順々に答えていった。
 一通り終えるとひどくくたびれた。溶けかけたところでボスが入室してきた。
「どうしてうちを受けたのかな」
 柔和な笑顔で問われ、サイトウの名前を出した。
「そう。うちは宇宙人採用枠を設けてるからね。最初は規定労働時間内だけど、働きに応じて正社員登用も考えてるから安心してほしい」
 安心してほしい、と言われてはじめて、わたしは不安なのかと心配になった。広大な宇宙をさまよう宇宙船。もう帰れぬかもしれぬ故郷。
 溶けそうになった。
「なにか質問はあるかな」
「この部屋は何度だ」
 ボスはエアコンの設定温度を確認して言った。
「二十八度だよ」
 試験結果はその日のうちに出た。来週から来てほしいと言われて面食らった。
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