第10話

文字数 636文字

 オフィスでのわたしの仕事に変化はなかった。今日はヤマモトがいない。明日はスズキがいる。明後日はワタナベがいなくて、来週はボスもいない。誰かしらがいなくて、わたしだけがいる。指示の仕方が声をかけるのではなく、チャットに変わるだけ。ただ、それだけだ。
 やることは間断なく来るわけではなく、思いついたようにボコボコと降って湧いた。ドッチボールみたいに油断ができない。厄介なのは、あまりに静かな膠着状態が続くので、果たしてわたしはドッチボールに参加していたんだっけ、とわからなくなってしまうことだ。
 そんな感じだから、唐突な剛速球を投げつけられると突き指をしたり鼻血を出したりしてしまう。保健室はない。わたしの星にはあちこちにオアシスがあった。水を飲んだり、甘いものを食べたり、無駄話ができる。
 この星にはない。スウェーデンというところにはあるのだろうか。
【出産手当金の申請書をダウンロードして記載してください】
【月変チェック終わりましたか?】
【有休残日数の確認を】
 ボールの指示はどんどん簡略化していった。文字数が少ないほど、研ぎすまされたようなスピードで飛んでくる。
 あれよあれよと避けたり受けとめたり投げかえしていると、ワタナベがわたしの手元をのぞきこんで言った。
「ここ、円マーク要らないですよ」
 ヤマモトは記載しろと言っていたのだが。同じ顔をしているのに、違う思想を持つ。厄介な人間たちだ。
 わたしの星では、違う顔をしていても、考え方は一緒なのだ。
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