第3話

文字数 1,130文字

 この星の時間の概念はどうなっているのだろう。五日間ないし六日間あくせく働き、二日ないし一日休んで回復を図る。その配分及び人間たちの底知れぬ体力にも驚いているが、なにより時空のゆがみを感じることが多い。
 オフィスにいるときの時間の流れは異様なほどゆるやかである。時計を見ても針が止まっているのではないか、と我が目を疑いたくなる。そのくせオフィスから一歩外へ出ると、それまでの滞りを一気にうながすように、濁流のような猛スピードを見せる。
 時間を牛耳っている何者かがすでに流れついているのだろうか。ならば、是非会合を試みたいものだ。それだけの能力があるのなら、結託しておいて損はない。いずれわたしの星にも迎えいれたい。
 定時という概念がないのは、この星なのかこのオフィスなのかわからないが、わざわざクラシックが蛍の光を奏でても、横並びの人間たちはびくともしない。そのメロディだけ聞こえていないかのようだ。特殊な音階なのだろうか。あわれである。
 わたしにはきちんと聞こえるので、さっさと退陣する。件のスーパーに行かなければならないのだ。
 あのオフィスにささげた時間だけの金銭を使って、わたしは毎週特売になる卵を必ず買う。卵は高たんぱくである。一週間をやり過ごすには十二分である。
 スーパーには相変わらず爺さん婆さんばかりだった。オフィスと違って、異様な寒気に満ちている。食品の鮮度を保つためらしいが、そのせいで爺さんは足をつり転び、婆さんは熱を出し転ぶのだ。
 人間第一主義なのか商品第一主義なのか、今一つ判別できない。まあ、卵さえ手に入ればそれでいい。
 レジを打つ爺さんは、卵二パックを処理するだけでも丁寧に時間をかける。孫を抱くかのように扱う。
 たまに若い店長らしき男が現れて「それじゃ困るんだよ」と爺さんを叱責する。爺さんは恐縮し、さらにバーコードの位置を見失う。
 爺さんにとってはここがオフィスになるのだから、きっと時空のゆがみを感じているだろう。亀の歩みで進む時間を、極寒の中過ごすのだ。
 卵二パックを抱えて、わたしは根城へと向かう。さっきまでエプロンをしていた婆さんが、着替えて同じ方角へと向かう。
 婆さんはベビーカーを押していて、そこには赤ん坊の人形が乗っていた。何事か話しかけながら左へ折れていく。その背中を見送りながら、婆さんも宇宙人なのかもしれない、とわたしは脳内メモリのリストに加えた。
 実はあのスーパーの爺さん婆さんはすべてあやしい。異星から来た可能性が極めて高いとにらんでいる。
 不思議とあのオフィスにはそういうオーラをまとう人間はいなかった。どういう確率で遭遇できるのか、もっとデータを蓄積して検証していきたい。
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