第8話:バンコク洪水、天皇賞で快勝と年金の消失事件

文字数 1,745文字

 1990年にいったん原発を廃止しながら、電力自給率改善を目指し原発推進再開を目指していたイタリアは、6月の国民投票で原発新設計画を否決。スイスでも9月、原発を34年までに全廃する政府計画が議会で承認された。欧州では、1986年のチェルノブイリ原発事故以来の脱原発傾向が、近年、地球温暖化防止で二酸化炭素排出を抑える必要もあって原発回帰へと転換していった。

 しかし、福島第一原子力発電所の大事故は、この流れを180度、変えさせることになった。7月下旬、タイ東部などで、激しい豪雨があり大洪水が発生した。大量の水は中部アユタヤを冠水させ、首都バンコクに向かって南下。洪水被害は10月に入って拡大し、バンコク北部のドンムアン空港が閉鎖され、都心の市街地も浸水した。

 タイに進出した日系企業約450社にも深刻な被害が及び、多数の日系企業が入る主要工業団地が浸水した。トヨタ自動車、日産自動車などは、部品が届かないため、工場の操業を停止。ソニーは、新型カメラの販売延期に追い込まれた。タイ政府は、バンコク北部に巨大堤防を築いて水を制御し、大型ポンプによる排水で対応、浸水の拡大をようやく食い止めた。

 日本政府は、洪水被害を受けた日系企業のタイ人従業員を日本で受け入れるための査証「ビザ」を発給した。そんな、嫌な事ばかりの日本でも、良いニュースがもたらされた。7月18日、2011年、FIFA女子ワールドカップドイツ大会決勝戦で、サッカー日本女子代表が、サッカーアメリカ合衆国女子代表に勝利し、初優勝したといううれしいニュースが、駆け巡った。

 こんな嫌な2011年も涼しくなり、幸手福三は、岩波祥子さんに気分転換に競馬に行かないかと誘うと、そうね、嫌な事ばかりの1年だったものねと承諾した。そして10月20日、不動産屋で2人きりになった時、10月30日の秋の天皇賞へ行こうと誘った。天皇賞が、楽しみだわと笑顔になった。そして当日、秋葉原で待ち合わせ昼食を食べて13時頃に出て、府中の東京競馬場に14時すぎに着いた。

 まず、競馬新聞を買ってから、カフェで少し休みでから、パドックに向かい、彼女が、出走馬の歩く姿をじっくりと観察した。その後、トーセンジョーダンの単勝は、何番人気と聞くと7番人気と答えると、それで、行きましょうと言い、単勝を10枚ずつ、買いましょうと指示した、馬券売り場に急ぎ、観覧席に戻って、少しすると、レースが始まった。

 スタートするとシルポートが、千メートル通過56秒5という信じられないラップを刻み、断然リードしていた。好位置を追走するのは、宝塚記念勝ち馬アーネストリー、日本ダービー以来のタイトル獲得をにらむエイシンフラッシュ、京都大賞典を勝利したローズキングダムといった面々。この中から直線ではエイシンフラッシュが先頭に踊り出た。

 しかし、ハイペース戦の常識通り、差し馬が、襲い掛かる展開となりつつあった。その後、ここで目を引いたのが、トーセンジョーダンの力強い伸び脚。これまでのG1の成績は振るわなかった。しかし、今日は仕上がりよくトーセンジョーダンは、その素質を末脚へと変えて坂を駆け上がる。最後に伸びたダークシャドウ、大外を追い込むペルーサ。

 内からようやく抜け出してきたブエナビスタらを従えて、トーセンジョーダンは、先頭ゴールで、G1初制覇。母国イタリアでもビッグレースの勝利はないピンナ騎手は、日本での初重賞をこの大舞台で成し遂げ喜びを爆発させ右腕を振り上げた。そして、勝ちタイムは1分56秒1。
2008年の秋の天皇賞で、ウオッカが、マークした記録を1秒以上も短縮する驚異的な日本レコードが叩き出された。

 震災による相次ぐ競馬レース開催の中止を経て、苦難の1年となったが、それをはねのける様な、胸のすく、スカットした秋の天皇賞であった。その後、単勝の払戻金が、3330円と発表され、急いで払戻金をもらってきた。3万円のボーナスは、ありがたく、この日も新宿で、ビールで乾杯し、美味しいステーキを食べた。その時、近いうちに結婚しないかと、幸手が、祥子さんに言うと、顔色が変わり、本当と言い、うれしいと言い目が、潤んだ。それを聞いて、あー良かったと、幸手が、溜息をついた。
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