2-21 守り神

文字数 1,986文字

「でもよ、結局藤絹(ふじきぬ)ってのは何なんだ?肝心の原材料を説明できねえと世間の消費者は納得しねえだろ」
 
「ライくん、鋭い!確かに、身につけるものの原材料は大事だよ。アレルギーのある人だっているだろうし」
 
 蕾生(らいお)の投げた疑問を(はるか)が大袈裟に褒めそやして追随すると、梢賢(しょうけん)は顔をしかめて頷いた。
 
「そこよ、問題は。それをどうするかって里中の大人が大揉めしてんねん」
 
「具体的にはどう揉めてるんですか?」
 
「まず(けい)兄やんの考えは、製法は特許申請中の企業秘密って言い張ることやね。もしくは上手くでっち上げることも考えてるらしいで」
 
「急にきな臭くなりましたね」
 
 鈴心(すずね)が疑いの目を向けると、永も話にならないと言うように肩を竦めた。
 
「そんなことできる訳ない。嘘で固められた商品を買う人がいると思う?消費者を舐めてるよ」
 
「せやねん。だから藤絹の製法を明かせって主張する者、儲かるならなんでもいいっていう楽観者、そのふたつに分かれて揉めとるんよ」
 
藤生(ふじき)の考えはどうなんです?」
 
康乃(やすの)様は製法は明かせないの一点張りや。墨砥(ぼくと)のおっちゃんも珪兄やんもそっち側やな」
 
「それじゃあ、大量生産して安く売るなんて夢のまた夢じゃない?」
 
 肝心の藤生の同意が得られないなら、珪の事業はまさに絵に描いた餅だ。梢賢もそこのところが頭痛の種のような顔をしていた。
 
「最終目的はそうなんやろうけど、一部の里人が納得してへんからな。だけど実績を上げないと事業に説得力が出んやろ?だから苦し紛れに今は限られた富裕層にべらぼうな額で藤絹を売っとる」
 
 理想と現実、あまりの違いに鈴心も蕾生も舌を巻いた。
 
「どんどんきな臭くなるんですが」
 
「最初の景気のいい話と大違いだな」
 
「そこが現実のやっかいなとこやな。出自不明だけど綺麗だからいいっていう金持ちしか買わんもんに未来はないよ。けど、今はそれで里が潤ってるから珪兄やんがヒーローなのは変わらん」
 
「一応結果が出てるから強気なんですね……」
 
 鈴心は少し考え込んでいるが、蕾生は難しい金儲けの話よりも気になることがある。
 
「梢賢はどうなんだ?」
 
「うん?」
 
「藤絹の正体だよ。知りたいのか?」
 
 蕾生にとっての関心ごとは、梢賢はその現状をどう思っているか、だった。
 
「まあ、そら知れるもんならなあ……。けどこの件に関しては基本雨都(うと)に発言権はあらへんのよ。父ちゃんと母ちゃんが会議に出席してるのは中立として議長的なことしとるだけでなあ」
 
 蕾生や永にとっては梢賢が村をどうしたいのかが重要であるのに、肝心の梢賢はどこか他人事で曖昧な回答だった。
 なおも永は食い下がる。
 
「想像したことは?梢賢くんだって藤絹は身近なものなんでしょ?」
 
「なんや、ぐいぐい来るのう。そやなあ、えーっと、うーんと、言うてもうても大丈夫かなあ……」
 
「なんだよ、歯切れわりいな」
 
「言ってしまいなさい。楽になりなさい」
 
 蕾生と鈴心も梢賢に注目している。三人に詰め寄られる様はまるで取り調べのようだった。
 
「うーん、美少女にそこまで詰められると言うてしまいそう……」
 
「……」
 鈴心の無言の圧が勝利を収めた。
 
「わかった、言うわ。この里には守り神がおんねん。資実姫(たちみひめ)様っていうな」
 
「たちみ……聞いたことないな」
 
 永はこの村に来てから初めて聞く単語の連続で少し戸惑っている。それだけ麓紫村(ろくしむら)が独自の文化を築いている証拠だ。
 
「せやろな。元は成実(なるみ)家の守り神で、ここに落ち着いた時に里全体で祀るようになった独自の神様や。今も御神体は藤生家にある。
 それが仏教徒であるうちのご先祖がここに来た時に資実姫様が如来様になって、それを拝むためにこの寺が出来たらしいで」
 
「言うなれば資実如来、ですか」
 
「寺の名前が実緒(みお)寺なのは?」
 
 雨都が持ち込んだ仏教の教えを村の信仰に当てはめたのだろう。おそらく独自の神仏習合が起こったのだと鈴心も永も理解した。
 
「簡単に言うとな、里では死んだ者は資実姫様の弟子になるんや。で、その死んだ者を資実姫様の元へ導くのが実緒菩薩。寺はその名前を冠してる」
 
「村人と資実姫を繋ぐ仲介者ってことか。正に雨都にはうってつけの役割ってことだ」
 
「そうや。ここには独自の宗教が根づいとる」
 
 二人とは理解の差がある蕾生には話題が逸れているような気がしていた。
 
「それと藤絹になんの関係があるんだ?」
 
「ここからがオレの想像やねんけど、藤生の絹糸は資実姫様からもたらされてるんやないかって思うねん」
 
「ええ!?」
 
 驚く蕾生と違って、鈴心はある程度の予想をしていたようだった。
 
「資実姫は単なる偶像ではないと?」
 
「まあな。資実姫様は、何かの形で存在してる」
 
「根拠は?」
 
 鈴心は生まれが銀騎(しらき)の分家なのですんなりと超常的な説明を受け入れるが、永はもっと現実的だ。厳しい顔で梢賢に聞いた。
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