3-9 倒錯

文字数 1,889文字

 マンションまでやってきた四人がインターホンを鳴らすと、(すみれ)が直ぐに出迎えた。
 
「こずえちゃんいらっしゃい。急にごめんなさいねえ」
 
 その表情は明るく、快活としていた。
 
「いいええ、ちょうど街におったから!」
 
 対してヘラヘラ笑っている梢賢(しょうけん)に微笑みかけた後、菫は(はるか)達を招き入れる。
 
「使徒の皆様もようこそお越しくださいました。どうぞお入りになって」
 
 開口一番にその単語が出るとは、菫は一昨日は猿芝居だったことをを先んじて言ったようなものだ。
 永は先手を取られて苦々しく思ったけれども、顔には出さずに愛想良く返事した。
 
「あ、お邪魔します……」
 
 蕾生(らいお)鈴心(すずね)も続いて部屋に入る。居間では(あい)(あおい)がソファに座っていた。
 
「おお、葵くん!藍ちゃんも今日はお揃いで」
 
「こ、こんにちは」
 
「また来たのか。クソ間男が」
 
 葵は控えめに挨拶し、藍は一昨日と同じく梢賢に辛辣な言葉を吐く。
 
「だからあ、間男やないって言うてるでしょうがっ」
 
「フン!」
 
「ムムム……」
 
 藍と梢賢が睨み合っていると、お茶を運んできた菫がのんびりとした口調で言った。
 
「葵?使徒様達に失礼な事言ったらだめよ」
 
「え?ぼ、僕……」
 
 葵は戸惑っているが、菫は藍の方を見向きもしない。梢賢は慌てて戯けてみせた。
 
「ええんですわ、菫さん。これも藍ちゃんとのコミュニケーションのひとつですわ」
 
「本当に困った子ね。だからいっそう精進しなさいって有宇儀(ゆうぎ)様に言われるのよ」
 
「ゆうぎ?」
 
「ああ、こずえちゃんは会ったことなかったかしら?私達の後見をしてくださってる方よ。伊藤(いとう)有宇儀(ゆうぎ)様とおっしゃるの」
 
 饒舌な菫の態度を永は不審な思いで見ていた。梢賢の話では伊藤という男のことはそれまで名前すらも教えていなかったはずだ。それなのに今日いきなりこんなに喋るなんて。
 
 それを感じるよりも、梢賢は突然の名前呼びに動揺を隠せなかった。
 
「あ、へー、そうなんですかあ。し、下の名前で呼ばはってるなんて、と、特別な人なんかなあ……?」
 
「あら、そうじゃないわ。あの方は私なんか手の届かないほど上にいるお方なのよ。それに、どちらかと言えば、私は年下の方が好きなの」
 
 少し上目遣いで梢賢に猫撫で声で話す菫は一昨日見た彼女よりもしたたかさを感じる。しかし梢賢は真っ赤になって喜んでいるだけだった。
 
「えっ!ああ、そうでっかあ!へへへえ、そうなんですねえ」
 
 その様子に鈴心はドン引きしていた。バカ丸出しの顔が本当に気持ち悪いと言う目をしている。
 永も転がされている梢賢の姿に呆れていた。
 
「あらいけない。話題が逸れちゃうわね。お茶でもどうぞ」
 
 にこにこ微笑みながら四人と葵に麦茶を菫は差し出す。藍の分はなかった。
 
「……」
 
 人前で堂々と娘を無視する菫の姿に蕾生はやるせない怒りを募らせる。他の皆も気づいているはずなのにそれを指摘できる勇気のある者はいなかった。
 
「先日はごめんなさいね。使徒様が来てくださったのに、知らないふりなんかして」
 
 菫が醸し出す雰囲気は他人からの苦言等が一切耳に入らないようなものだったからだ。菫はどこを見ているのだろう。永に話しかけてはいるけれど、永のことは見えていないようで、自己倒錯の世界に入り込んでいるのではないかと思えた。
 
「いえ、えっと、事情があったとか……」
 
「と言うか、本当に烏滸がましいんだけど、貴方方を見定めさせてもらっていたの。うつろ神様の使徒たる資格があるかをね」
 
「は、はあ……」
 
「大丈夫。結果は合格よ。三人ともとっても素直そうな良い子なんですもの!」
 
 朗らかな笑顔で言い切った菫。その上から目線な物言いに鈴心は心の中で怒り、蕾生はますます嫌悪感を抱く。
 そんな二人を矢面には出すまいと、永は必死で愛想笑いを浮かべていた。
 
「それで、貴方方は御自分の宿命についてどれほど御存じ?」
 
「いえ、僕らは梢賢くんに集められただけで、まだよくわからなくて」
 
「まあ、そうなの。まだ覚醒されてないのね」
 
「覚醒?」
 
 鈴心が眉を顰めたまま聞くが、菫は笑顔を崩さずに言った。
 
「ええ。使徒様は御自分の宿命に気づいた時、覚醒して上位の存在におなりになるの。貴方方はそのひよこってトコかしらね」
 
「上位の存在って何ですか?」
 
「それは使徒様それぞれで違うようだけど、私達とは全く別の高次元の存在よ。修行を始めればじきに覚醒されると思うわ」
 
 永が具体的に質問してみても、その答えに具体性はない。菫の話は抽象的過ぎる。(ぬえ)、もとい、うつろ神信仰の全容がまるで見えてこないことに一同は少しずつ焦れていった。
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