6-3 藤絹の秘密

文字数 1,991文字

 先に雨都(うと)家に帰っていた(はるか)鈴心(すずね)は縁側で涼みながら二人の帰りを待っていた。
 蕾生(らいお)梢賢(しょうけん)藤生(ふじき)の手伝いから解放されたのは昼をとうに過ぎた頃だった。
 
「あー、疲れた!」
 
 戻ってくるなり縁側に突っ伏した梢賢を永は苦笑して迎える。
 
「二人ともお疲れ様」
 
「ああ。そっちはなんか聞けたか?」
 
 体力お化けの蕾生は梢賢とは対照的に散歩から帰ったような雰囲気であった。
 
「そりゃあもう。リンが良くやってくれたよ」
 
「有難きお言葉」
 
 永はうっすら嫌味を言ったつもりなのだが伝わっておらず、粛々と受ける鈴心の態度に複雑な気持ちになった。
 
「……」
 
 そんな細かい機微があることなど察することのない梢賢は縁側をゴロゴロ転がりながら、気の抜けた風体で聞く。
 
「ええ?なんかわかったんかぁ?」
 
「うん、資実姫(たちみひめ)なんだけど──」
 
 永は梢賢と蕾生に剛太から聞き出した話をした。それを聞いた梢賢はようやく起き上がって腕を組みながら考える。
 
「祈ると藤の木から絹糸か……オレと姉ちゃんの力の上位互換ってとこかな?」
 
「つまり梢賢くんは、実際に絹糸を出してるのは藤生の人間だって思うの?」
 
「せやなあ。京にいた頃とは別の木からも糸が出たんやろ?てことは木を媒介にして、藤生の人間が糸を生み出してるって考えた方が自然やないか」
 
「確かに」
 
 理解の早い二人の会話を聞きながら、蕾生は少しがっかりして言った。
 
「なんだ。絹糸を出す木があるわけじゃねえのか」
 
「んー、その可能性もなくはないけど、ちっと無理があるかなあ……」
 
「藤の木の奇跡ではなく、藤生の異能力ということですね」
 
 鈴心も梢賢の見解に頷いていた。三人に比べて素人考えの蕾生は素朴な疑問を投げる。
 
「けど、直接糸を出せる梢賢達の方が凄くねえか?」
 
「いや、オレ達の糸はすぐに消えてまうからな。藤生の出す絹糸は完全に物質として成り立っとる」
 
 梢賢がそう解説すると、鈴心と永も口々に考えを述べた。
 
「絹糸を物質として定着させているのが藤の木の力なのか、藤生の力なのかの判断が難しいですね」
 
「その意味で、藤の木にも奇跡の力があるとは言えるかもしれないね」
 
 藤生の絹糸を出す異能力が梢賢姉弟のものだと同質であるなら、神木を通すことで物質化させていると考えられなくもない。その場合、神木そのものにも何らかの神秘があることになる。
 
「要するに、藤の木と藤生の人間はニコイチっちゅーことやな」
 
「ややこしい」
 
 蕾生は眉を顰めて呟いた。結局、絹糸を生成しているのは藤生の人間なのか、藤の木なのか結論が出ないからだ。
 ただ、梢賢の言う通り、藤生の人間と藤の木が揃ってはじめて絹糸が出来上がるという事実だけは変わらない。
 
「確かに。何にしろ、藤絹が生成されるプロセスはわかったね」
 
 永も苦笑しながら蕾生に応えた。絹糸の生成に係る詳細はわからないが、ざっくり言えば藤生の不思議な力の結果だということだ。それは一般社会では決して理解されないだろう。
 
「そら、原材料なんか説明できんで。(けい)兄やんの事業は先が暗いな」
 
「でもあの人なら口八丁手八丁でなんとかしてしまうかも」
 
「せやなあ……」
 
 鈴心の言葉にも頷きながら梢賢は難しい顔で考え込んでいた。

 

「ところで祭がいよいよ明日ですが、眞瀬木(ませき)(けい)雨辺(うべ)(すみれ)はどう動くのでしょうか」
 
 蕾生以外の三人が思考のために数分黙ったままでいると、鈴心が話題を切り替えた。
 それにまず梢賢が答える。
 
「珪兄やんは明日は大忙しやで。実質、眞瀬木は織魂祭(しょくこんさい)の責任者やからな。悪巧みしてる暇なんかないで」
 
「けど、明日は村中のエネルギーがここに集まるよね」
 
「絹織物のことか?そらまあ、そうやけど。ハル坊は珪兄やんがそれを利用する思てんのか?」
 
「どう利用するかはわからないけど、そんな膨大なエネルギーをただお焚き上げするなんて勿体無いと思うんだよねえ」
 
 梢賢にとっては永の意見は盲点だった。毎年の行事なので慣れてしまっている梢賢には、それが警戒すべき事だとは思っていなかったからだ。
 
「けどそれは毎年やってんで。なんで今年に限ってそうなるんや?」
 
 すると鈴心が神妙な面持ちで割って入った。
 
雨辺(うべ)(あおい)が覚醒間近だからです」
 
「ちょ、っと待てよ。葵くんにそのエネルギーを使うっちゅーことか?あり得へん!そもそも、雨辺は里に入れへんよ!」
 
 慌てる梢賢を他所に、やはりこの手の知識が足りない蕾生が鈴心に尋ねる。
 
「葵にそのエネルギーを使ったらどうなるんだ?」
 
「そこまではちょっと」
 
「なんだよ」
 
 てっきり鈴心にはその先の想像がついているのかと思った蕾生はまたもがっかりした。詳しい見解がないのなら、鈴心の杞憂に終わるかもしれない。梢賢も蕾生もそう感じていると、突然永が叫ぶ。
 
「あ!」
 
「なんだよ?」
 
「例年とは違うことが今年は起きてる!」
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