2-8 梢賢の家族

文字数 2,364文字

 梢賢(しょうけん)藤生(ふじき)の家を出ると、来た道を戻り左の寺を指差した。
 
「ま、さっき見たやろけど、予想通りこの寺がウチやねん」
 
「だよね」
 寺の門構えを見上げながら(はるか)は頷いていた。
 
 蕾生(らいお)もその奥の寺の規模に少し驚いている。
「結構でかい寺だな」
 
「まあ、里で唯一の寺やからな」
 
「では、あっちのお屋敷は?」
 鈴心(すずね)が右側の屋敷を指差して聞く。
 藤生の屋敷に比べると小さいがそれでも雨都(うと)の寺よりは大きく見えた。
 
「あっこが眞瀬木(ませき)んちや。眞瀬木、雨都、奥に藤生。この三家の住まいが建ってるあたりを鳴藤(なるふじ)地区て呼んでてん」
 
「ふうん。一目でここが村の重要な場所だってわかるね。だから結界が?」
 
 続けて永が聞けば、梢賢は肩をすくめて答えた。
 
「そやね、しらばっくれても無駄やろうから白状するわ。この鳴藤地区には特別な結界が張られとる。銀騎(しらき)への目眩しや」
 
「術者は眞瀬木ですか?」
 
 鈴心がきっぱりと尋ねると、梢賢はわざと一歩後ずさるリアクションをした。
 
「えー、なんでそないにドンピシャ当てられるのん?ほんと怖いわ」
 
「ただの消去法ですけど」
 
「眞瀬木の人って陰陽師なのか?」
 蕾生にとっては結界イコール陰陽師という知識しかまだない。
 
「いや、厳密には違うらしいで。民間発祥の呪術師って聞いてるわ」
 
「ふうん……意外にすんなり教えてくれるんだね」
 
 永が少し意地悪く言うと、梢賢はそれを躱すように戯けてみせた。
 
「あらヤダ!オレのことまで疑わんでほしいわあ。オレは君らの味方やで」
 
「それはどうも」
 
 苦笑しきりの永の横で、真面目な鈴心が真面目に疑問を述べる。
 
「でも、銀騎への目眩しなら雨都家の敷地だけ隠せばいいのでは?」
 
「さっき康乃(やすの)様が言うたやろ。ムニャムニャ一族の子孫だから隠れて住んでるって。眞瀬木かてお世辞にも真っ当な生き方してへんからなあ。隠れるならまとめて、っちゅーこっちゃ」
 
「藤生の本来の姓を言うのは禁止なんだ?」
 
 その言葉を受けて永が聞くと、頭の上で手を組んで溜息吐きながら梢賢は答えた。
 
「まあ、誰に聞かれてるかわからんからなあ。念には念を入れてや。特にオレんちは居候やから厳守せんと」
 
「雨都のここでの地位は低いんですね」
 
「そうや。ただ飯食いやからな。こう見えて気苦労が多いんですわ」
 
 梢賢の物言いからも前時代的なものを感じざるを得ない。実際にこの村の様子を見た三人はそれを改めて納得する。本当に時が止まった世界にタイムスリップしたような気分だった。
 
 長々と立ち話をしていても仕方がないので、四人は寺の門を通る。短い参道を箒で掃いている若い僧侶がいた。
 
「ナンちゃーん!お客人連れてきたで」
 
「──ああ、これは遠路はるばるようこそ」
 
 僧侶は梢賢達の姿に気づくと、にこやかに笑いながら近づいた。
 
「オレの姉貴の婿さんや」
 
「初めまして、雨都(うと)楠俊(なんしゅん)です。実緒寺(みおでら)の副住職をしております」
 
 丁寧に頭を下げて挨拶する楠俊は、その声の印象からも穏やかな人物だと言うことがわかる。僧侶の格好をしているが、頭髪がまだあった。スポーツ刈り程の長さだ。
 
周防(すおう)(はるか)です。お世話になります」
 
(ただ)蕾生(らいお)っス」
 
御堂(みどう)鈴心(すずね)です」
 
 三人が順番に挨拶すると、楠俊は参道からそれて母屋だと思われる建物へと入っていく。
 
「おーい、優杞(ゆうこ)さーん」
 
 それについていくと、楠俊が呼びかけてすぐに若い女性が小走りでやって来た。
 
「はいはい。ああ、梢賢お帰り!皆さんもようこそいらっしゃいました」
 
「こんにちは」
 
 三人が挨拶とともに一礼すると、横で梢賢が情報を付け足す。
 
「で、これがオレの姉ちゃんや」
 
「姉の優杞です。よろしくね、さあ、どうぞどうぞ」
 
 ショートボブの髪をヘアピンで留め、パンツスタイルの優杞は快活そうな印象だった。
 
「お邪魔します」
 
 緊張しながら玄関を上がろうとする三人に、梢賢は小声でさらに情報を付け足した。
 
「姉ちゃん、外面はええけど怒るとやっかいやで。気ぃつけや」
 
「梢賢、なんか言ったか?ん?」
 
 かなり小さな声での耳打ちだったが、優杞は梢賢を威圧するように笑いかける。それはさながらレディースの総長のようだった。
 
「いいええ!ボクハナニモ──」
 
 蛇に睨まれた蛙よろしく、梢賢は固まって片言で首を振るのが精一杯だった。雨都家では男性の地位が低いのかもしれないと永は思った。
 
 奥の座敷に通された三人を一組の男女が待ち構えていた。
 楠俊より明らかに格上の僧侶と、和服をきっちりと着て厳しい表情で正座する女性。見た目の年齢からこれが梢賢の両親であることは明白だった。
 
「いらっしゃい」
 
 梢賢の父と思しき男性は低く抑揚のない声で一言述べただけ。
 
「こんにちは」
 
 続く母と思しき人物もただ一言発するだけで、一瞬で空気が重苦しくなる。
 
「あああ、オレの父ちゃんと母ちゃんや!」
 
 そんな両親の重たい雰囲気を軽くしようとしたのか、梢賢は殊更明るく三人に紹介した。
 
「初めまして、周防(すおう)(はるか)です。この度はよろしくお願いします」
 
(ただ)蕾生(らいお)です」
 
御堂(みどう)鈴心(すずね)と申します」
 
 梢賢の両親の重く厳しい雰囲気に、永はその場でしゃがんで頭を下げる。蕾生もそれに倣い、鈴心は手をついて一礼した。
 
「んんー、カタイカタイ!姉ちゃん、なんか飲み物持ってきてや。オレのとっときのやつ!」
 
「そ、そだね」
 
 梢賢と優杞は更に明るく振る舞ってバタバタと動いた。そんな二人の様子に苦笑しながら楠俊が三人に声をかける。
 
「まあ、どうぞ楽にしてください」
 
「……」
 
 楠俊はそう言うが、梢賢の両親はすでに永達の方を見ておらず、まるで瞑想をするように目を伏せ黙っていた。
 とりあえず居間の端に座ったものの、気まずい空気が流れ続け、三人は緊張と相まって息が詰まりそうだった。
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