3-17 八雲

文字数 2,058文字

 眞瀬木(ませき)家の離れで伊藤の報告を聞いた(けい)はあまりの事に顔を歪めて聞き直した。
 
康乃(やすの)様があいつらを祭に呼んだ?」
 
「はい」
 
 理性よりも困惑が勝り、珪の言葉遣いは更に酷くなった。
 
「あのババア、何考えてやがるんだ?」
 
「お言葉が過ぎますぞ」
 
「ああ、いけない。僕としたことが。しかし何故?」
 
 伊藤の一言ですぐに冷静さを取り戻した珪は椅子に深く座り直して首を傾げた。
 
「例の件を気取られたのでしょうか?」
 
「──まさか。そんな甲斐性があるとは思えないが」
 
 藤生(ふじき)康乃(やすの)の能力は珪も認めるところだが、所詮はただの旗頭。里を実際に動かしているのは眞瀬木だと自負している珪には今回のことも康乃の暢気な気まぐれとしか思えなかった。
 
「いかがいたしましょう。延期なさいますか?」
 
 だから伊藤が弱気な進言をしても珪は一笑に付す。
 
「それこそ、まさかだよ。かえって好機かもしれない。上手くいけば……(ぬえ)が二体顕現するかも」
 
「なるほど。ですが、御しきれますかな?」
 
 伊藤は口端を曲げて愉快そうにしていた。その態度に怒るどころか珪はますますやる気を見せていた。
 
「やってみせるさ。そのためにはアレの開発を急がせなければ──」
 
 突然離れ屋の入口の戸を叩く音が聞こえた。来客の気配を感じて伊藤はその場から陽炎のようにゆらりと消えた。
 
「どうぞ」
 
 珪にはもちろん心当たりがある。戸を開けて入ってきたのは、父親の従兄弟にあたる男だ。
 
「珪、呼んだか」
 
「ああ、八雲(やくも)おじ様、わざわざすみません」
 
 珪は立ち上がって八雲を迎えた。作務衣を纏い手拭いを頭に巻いている様子から作業の合間に来たことは明白で、不機嫌そうだった。
 
「まったくだ。俺はお前に仕えている訳ではない。用があるならお前が来い」
 
「ですが、おじ様、仕事中は集中なさっているから僕が訪ねても気づかないじゃないですか」
 
 屁理屈屋の珪から素直な謝罪が聞けるはずがないことは十分承知している。八雲は溜息を吐きながら用件を尋ねた。
 
「まあいい。なんだ?」
 
「頼んであった例のモノはどうです?そろそろ出来そうですか?」
 
「む……もう少しかかるな。調整が難しくてな」
 
 八雲が険しい顔で答えると、珪はわざとらしく下手に出て笑いながら言った。
 
「ご冗談を。おじ様に難しいことなんてあるものですか。それなんですが、出力を上げていただけますか?当初の──三倍ほど」
 
 言いながら指を三本立てる珪の表情は少し興奮していた。しかしそんな珪を八雲は一言で切り捨てる。
 
「無理だ」
 
「ええ?」
 
 それでも珪は笑っていた。畑違いの小僧にわかる道理ではないと思いつつ、八雲は忖度せずにきっぱりと言ってやる。
 
「今の出力でもギリギリだ。お前の呪力ではこれ以上はもたない」
 
「ああ、もう、そういうのは気にせずやっちゃってください」
 
 こいつは自分のことをただの便利な道具屋だとでも思っているのだろう、と八雲は心中苦々しく思ったが、無表情を崩さずに言った。
 
「断る。それでお前に何かあったら墨砥(ぼくと)兄さんに顔向けできない」
 
 すると珪は不服そうに顔を顰めた。それから少し考えて低い声で聞いた。
 
「では、瑠深(るみ)なら?」
 
「む?」
 
「アレを扱うのが瑠深なら、可能ですか?」
 
 歪んだ顔のまま聞く珪の心中は察するに余りある。だが八雲はそういう気遣いなどはしない。事実を事実のままに言うだけだ。所詮自分は道具屋なのだから。
 
「瑠深なら可能だ。なんならもう少し上げても大丈夫だろう」
 
 すると珪は途端に顔をぱっと明るくしてより興奮していた。
 
「本当ですか!それはすごい!ではアレは瑠深が使いますから、最大限まで上げてください」
 
「お前は何を企んでる?」
 
 八雲は嫌な予感がしていた。それでも請われれば従うしかないのが八雲の役割だった。珪からの依頼なら尚更だ。
 
「嫌だなあ。全ては里のためですよ。おじ様も職人として挑戦したいでしょう?伝説のアレに……」
 
「わかった。やってみよう」
 
「ありがとうございます!楽しみですよ!」
 
 珪はまるでクリスマスプレゼントを待つ子どものような目をしていた。その無邪気さの奥にはドス黒い邪気があることはわかっている。八雲は少し頭が痛くなった。
 
「では、俺は用事があるので行く」
 
 悩ましい呪具の調整について気が重くなったので、八雲は早々にここを立ち去ろうとしていた。ただ次なる用事も悩ましいものではある。
 
鵺人(ぬえびと)のところでしょう?」
 
「お前は本当に耳が早いな」
 
「よく彼らを観察してください。きっとおじ様のお仕事の参考になりますよ」
 
「……行ってくる」
 
 八雲は珪の言葉に特に動揺もせず、いつもの淡々とした調子のまま離れ屋を出て行った。
 
「……」
 
 部屋には珪が一人残される。それまで燻っていた嫉妬の炎が一気に燃え盛り、珪は力任せに机を叩いた。
 
「瑠深ィ……ッ!」
 
 瑠深の名を出した途端に要求を飲んだ八雲の顔が脳裏から離れない。
 俺と瑠深はそんなに違うのか。珪はその屈辱を野望への闘志に変えている。
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