2-23 薄情

文字数 2,352文字

「なんか、気に入らねえ」
 
「うん?」
 
 それまで黙っていた蕾生(らいお)が少し怒気を孕んだ声で訴える。
 
「お前らの考えが正しければ、あの(けい)ってやつは藤生(ふじき)の人に無理させて金儲けしようとしてるんだろ。誰かが犠牲になって村を維持するなんておかしい」
 
 (はるか)鈴心(すずね)も蕾生らしい考えに頷く。だが、梢賢(しょうけん)はそれを嘲るように一蹴した。
 
「ライオンくんは優しいなあ。でもここではそういう正論は通らんよ」
 
「え?」
 
「この里はな、藤生の藤生による藤生のための場所なんや。眞瀬木(ませき)以下里のもん達は藤生の駒であり、藤生に生かされとる存在や。逆もまたしかりで、藤生は里人を生かす義務がある」
 
「……?」
 
 梢賢の割り切った言い方に蕾生は眉を顰めたが、構わずに続けた。
 
「君主は、民のために犠牲になるもんや。だからこそ民も君主に命を賭して従う。それがこの里では当たり前のことなんや」
 
「封建的だなあ。この村は時間が止まってる」
 
 永は溜息を吐いた後、あまり深刻にならないようにフラットな調子で感想を述べた。
 
「否定はせんよ。遠い昔、成実(なるみ)が命からがらわずかな従者を伴ってここに逃げてきてから、何も変わってへん」
 
「……」
 
 全てを諦めているような梢賢の口調は、蕾生の心にモヤモヤを植えつけていく。そんな蕾生の反応を見て、梢賢は笑った。
 
「ははは、ピュアなライオンくんは受け入れがたいよなあ」
 
「お前は何とかしたいとか思わないのか?」
 
「思わんな。何度も言うけど雨都(うと)はこの里の客人なんや。オレたちにこの里をどうこうしようっていう権利がそもそもない」
 
 はっきりと他人事だと言ってのける梢賢に蕾生は納得がいかなかった。少なくとも、優杞(ゆうこ)と梢賢の姉弟には村の影響が強く出ているのに。それも飲み込んで仕方ないで済ませるつもりなのだろうか。
 
 蕾生が口をへの字に曲げて俯いていると、鈴心が優しい口調で言った。
 
「ライの気持ちはわかります。梢賢の言葉に冷たさを感じているのも。けれどやはり私達部外者にはどうにもなりません」
 
「まあ、村の人達にそれで不満や疑問がないなら周りがどうこう言うことはできないよね。尤も、誰もそれを持たないこの環境は充分異常だけど」
 
 永が皮肉を絡めて言うと、梢賢も軽く息を吐いて何の感情も出さずに言った。
 
「だからよ、この話はただの世間話として聞いといてや。オレも君らに里のことを頼ろうとは思ってへん。雨都もどうせここを出るだろうし」
 
「そうなんですか?」
 
 鈴心が驚いて聞くと、梢賢はあっけらかんとして言ってのけた。
 
「今すぐってことはないけどな。少なくともオレは里を出るよ。銀騎の呪いは解けたんやからここにいる理由はないやろ」
 
 それは薄情にもとれる言い方だった。梢賢は自分さえよければ村のことはいいんだろうか。それは逃げることにならないか。蕾生にはそういう割り切った考えができないので、梢賢の言葉を飲み込むことができなかった。
 
「そういう考えがあるのに、雨辺(うべ)のあの人には調子のいいことを言ってるんですね」
 
「だからあ!(すみれ)さんにはああ言っとかないと何するかわからへんねん!ほんと危険なとこまで来てるんよ!」
 
 鈴心がジロリと睨みながら雨辺についての話を始めると、梢賢は慌てて弁解していた。
 それまで他人事だと飄々としていた態度は薄れていた。梢賢には明確な個人的目的があるのだろう。
 
「ああ、そうだ。この村の状況が面白すぎて本来の目的を忘れてた」
 
「ひどい!」
 
 永のいじりを受けて急におちゃらけ出す梢賢に、蕾生は苛立って聞いた。
 
「その雨辺の問題もそうだけど、蔵に入った泥棒の方はどうするんだ?それだけは俺達にも関係あるだろ」
 
「それについてはオレに心当たりがある」
 
「ええ?」
 
 ふざけたかと思えば急に真面目な顔になって言う梢賢に、蕾生も混乱してきた。
 
「なんでさっきの会議で言わなかったの?」
 
 永も少し責めるような口調になっていたが、やはり梢賢は飄々としていた。
 
「そら、雨辺が関わっとるからや。ここでは雨辺のことだけは禁句、父ちゃん達のおっかない顔見たやろ?」
 
「ああ……」
 
 眞瀬木(ませき)(けい)が会議で雨辺の名前を出した時、柊達(しゅうたつ)橙子(とうこ)楠俊(なんしゅん)でさえも恐ろしい顔で睨んでいたのを永は思い出す。
 
「ちゅーわけで改めて雨辺をなんとかすんで!」
 
「でも具体策がないんでしょぉ?」
 
「そこはハル坊の超絶かしこなトコが頼りやねんで!」
 
「ええー……」
 
 結局元のノープラン状態を再確認することになり、永は肩を落とした。
 
 するとドスドスと派手な足音を立てて優杞が部屋に乗り込んできた。
 
「あんた達!いつまで起きてんの!さっさとお風呂入って寝なさい!!」
 
「はぁい……」
 
 阿修羅のような雰囲気に気圧された四人は従うしかなかった。




 雨都家から十数メートル離れた所に眞瀬木の邸宅がある。
 そこからさらに数メール離れると、小さな荒屋が建っていた。外見は物置小屋のようだが中は綺麗にリノベーションされおり、珪はここで自分の仕事をしている。
 かつてここで起こった凄惨な事件を忘れないために、あえて珪はここに居座っている。
 
 机の上に設計図を広げてじっと考え込む。その頭の中では夥しい計算が渦巻いていた。
 
 一息ついて珪は窓の外を見る。遠くに雨都家の灯りがあった。子どもがとるに足らない計画でも立てているんだろう。
 
 鵺人(ぬえびと)があんな子どもでは拍子抜けだ。梢賢の動向は注意するべきだが、あいつの行動原理などわかりきっている。
 
 珪はふっと笑った。ついにこれまでの努力が身を結ぶ時がやってくる。あの人の夢を実現する時が。
 
 踊れ。
 思う存分踊れ。
 そして最後に嗤うのは俺だ。
 
 珪はまた机に視線を移した。そこにはこの計画の要とも言える呪具が、仄暗い光を宿していた。
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