#7 お下り、お上り

文字数 2,865文字

2021年8月29日。

大山(おおやま)阿夫利(あふり)神社の下社は、大山の中腹・標高696メートルに位置する。丹沢山塊の東部、伊勢原・厚木・秦野の三市にまたがる大山は標高にして1251メートルであるから、文字通りの中腹である。山頂からの眺めには劣るものの、ひらけた視界には遠く相模湾を見渡すことができ、天候に恵まれれば伊豆大島まで見ることができるという。

しかしこの日の空模様は、雨雲立ち込めるくもり空。

「さっきまで晴れていたのに……」

と呟いたのは、大山阿夫利神社の下社の一角にあるカフェのテラス席で、アイスコーヒーを喫していた青年だった。その声は低く静かで、そこにいない誰かに語りかけるような調子を帯びていた。腕まで捲くったインナーは腰に括りつけたマウンテンパーカーと同じオフホワイト。曇天に紛れるような保護色にも関わらず——否、その旅装が地味であるがゆえに、やけに整った目鼻立ちをいっそう際立たせていた。青年の名はシデといった。

やがて唇がストローを離れ、シデはふう、と吐息を漏らす。
その顔を見れば、薄霧が発生するほどの湿気と未だ冷めやらぬ残暑の疲れが、汗となって黒髪を滴っていた。炎天下でなくとも、肌にまとわりつく晩夏の空気はじわじわと体力を奪う。
乾いた喉を潤してひと息ついたころ、シデは麓で頂戴した大山の案内パンフレットを開いた。

大山の別名は『あふり山』——雨が降りやすいから『雨降(あめふり)(やま)』、転じて『阿夫利(あふり)(やま)』。
常に頭上に霧や雲を生じている大山は、古来は雨乞い信仰の中心地であった。
いわゆる「大山詣り」の聖地として隆盛したのが江戸時代。鳶などの職人が巨大な木太刀を担ぎ運んで奉納した「(おさめ)太刀(だち)」を初めとするこの庶民参拝は、行楽好きな江戸っ子の一大ムーブメントであったらしく、最盛期には年間数十万人もの参拝者が大山を訪れたとされている。
大山詣りの参拝者は「講」と呼ばれる組織をつくり、先導師の案内で山頂を目指す。山頂にあるのが大山阿夫利神社の本社である。揃いの行衣で山道を行くその伝統は、今も脈々と引き継がれているという。

シデはパンフレットにひととおり目を通すと、それをうちわにして首元を扇いだ。アイスコーヒーのプラスチックカップは結露のために滂沱の汗を流し、テーブルに水溜まりをつくっていた。
こうも暑いと雨の一滴が恋しいものだと思った矢先。
視界の片隅に、白装束に身を包んだ一集団を捉えた。

本当に行者姿の参拝者がいるのだな、と感心するのも束の間。
白装束たちは、相模湾を望むテラスの一角——ちょうどシデの後方へやってくると、山下の様子を一目見ようとこぞって身を乗り出した。絶景を楽しむというよりは何かを探しているようであり、我先にと押し合いへし合いするその姿はひどく俗っぽくみえた。人目を引くとはいえ、彼らをまじまじと見つめるのは不躾である感じがしてシデは慌てて視線を逸らした。

テラス席に座る他の客が我関せずを貫くのにならって、シデも努めて無関心を装う。
しばらくの沈黙のあと、白装束のひとりが口を開いた。

「来る」

発言したのは男か女か。老人か若者か。声色から年齢性別も伺えなければ喜怒哀楽も伺えなかった。しかしその単語には、名残を惜しむような、それでいて、やがて来たる何かを待ちわびるような余韻があった。例えるなら、夏休みの最終日を迎えた小学生のような。

「もう来てしまうのか」「早く来てくだされ」
「やっと来てくださる」「まだ来なくていい」
「来たら終わってしまう」「来たら始まってしまう」

白装束たちの声は次第に熱気を増す。最後にはいったい何名いるのかわからなくなるほど四方八方から声が聞こえてきて、シデは固唾を飲んだ。熱中症になりかけているのか、声が頭の中から鳴っている気がして目が回る。こめかみを伝う汗は冷や汗に変わっていた。

「ああ終わってしまう」「嘆かずともまた巡るでしょう」「お別れをしなければ」
「ああ始まってしまう」「嘆かずともすぐ終わるだろう」「お迎えに上がらねば」
「ああいらっしゃった——夏山の終わりだ!」

刹那、びゅん、と——目も開けられないほどの突風が吹きつけ、シデは無意識に頭をかばった。晩夏の湿度と匂いを含んだ、重く生ぬるい風だった。
シデは第二陣がないことを確かめるようにおずおずと目蓋を開き、突然訪れた静寂に戸惑いながら、ぐるりと辺りを見渡した。テラス席に座る他の客は何事もなかったかのように、ある者はコーヒーを口に運び、ある者は連れと談笑していた。シデの手から離れたパンフレットは膝の上に垂直落下し、カップの結露でできた水溜まりはさざ波ひとつ立てていなかった。
そして、あれだけ騒がしかった白装束の姿はきれいさっぱり消えていた。

「いったい何が……」

乱れひとつない前髪を納得いかない顔で整えながら、シデが呟いたそのとき。

大山阿夫利神社の下社の正面、鳥居の外がにわかに沸いた。
参道の長い階段に目を凝らせば、白装束の男が5、6名、神輿を担いで登ってくるのが見えた。一行が近づくと参拝者は歩みを止めて頭を下げ、あとには五色の紙片が撒かれた。白装束が運ぶ神輿は、大の男ならひとりで持ち上げられる大きさの唐櫃が取り付けられた簡素なもので、仰々しい装飾はない。しかしながら、真紅の布で覆われ、紙垂を提げた唐櫃の内容は想像に難くなかった。
ご神体が山を登っていた。神行だった。

・・・

その日が秋季例大祭の最終日であることをシデが知ったのは、もう少し後のこと。
「自分も昔カブに乗っていた」と言って、シデの原付バイクを木陰に停めることを薦めてくれた市営駐車場の管理人は、シデが神社から戻ってくるのを見るなり親し気に手を振った。それから「今年はケーブルカーで『お上り』なさったんだってなあ」と感慨深げに告げた。

聞けば、大山阿夫利神社の秋季例大祭は三日間にわたって執り行われ、一日目は神様が下社から町内の社務所へ移動する遷幸祭。二日目は舞や能の奉納、町内の神輿渡御。三日目にあたるこの日が、神様が山を登って下社へもどる還幸祭。夏山の無事を感謝する江戸時代からの行事で、遷幸祭は通称『お(くだ)り』、還幸祭は『お(のぼ)り』というらしい。

「僕は神様の不在時に詣でてしまったのですね」

シデはそう言って曖昧に微笑み、駐車場の管理人にお礼を告げた。
そして迷いなく青い塗装の原付バイクに歩み寄り、不在を詫びるようにメーターのカバーをそっと撫でたが、キーを挿すのをわずかにためらった。
ご神体が下社に戻る直前に聞いた声、浮足立った白装束の姿を思い出しながら、あれは何だったろうと思いを馳せる。神様の留守中に聞こえてきた誰かの本音。神様が戻ってくるのが——それが来るのが待ち遠しいような、やっぱりまだ来てほしくないような綯い交ぜの気持ち。夏休みの最終日を迎えた小学生のようだと感じたあのときの印象は、きっと当たらずとも遠くない。

ふいに、びゅん、と——木々の葉と前髪を巻き上げる突風が吹きつけ、シデは無意識に原付バイクに身を寄せた。長い夏の終わりを告げる、ひやりと乾いた風だった。

大山に秋が来ていた。
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登場人物紹介

シデ

原付バイクと旅をする青年。

人の顔を認識することができず、まれに、人以外のものを「人」と認識する。

”アオイさん”

青い塗装の原付バイク。

車種はホンダ スーパーカブ110。シデの従姉・麻木青衣の遺品であり未練。

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