第7談 カメラと写真とビデオと映画の話・その2 — 写真

文字数 2,293文字

おはようございます。

第5談の続きですが、今回は「写真」の話。
老若男女問わず、趣味としては比較的アートに近い存在でしょうか?
一方で、写真好きであっても写真家が撮影した作品が好きで、ギャラリーに通ったり、頻繁に写真集を購入する人も写真が趣味のはずですが、そういうイメージは説明しない限りなかなか持って貰えないかもしれません。
写真が趣味と言うと、もちろん撮影することは先にありきですが、それに加えて昔ならフィルム現像や引き伸ばしなどの暗室作業。今なら差し詰めPhotoshopなどで現像(デジタルカメラの生=RAWデータを見える画像に変換する作業)をしたり、レタッチしたり、或いは画像合成——それがメインになるとCGとかデジタルアートになりそうですが——をして、ネット上で公開したり、プリントしてパネル張りしたり額装したり。

私がそう言う意味での写真に出会ったのは高校一年の時。
中学生の頃は、35mmの写真フィルムを半分の縦長サイズで使うことで36枚撮りなら倍の72枚撮影出来るハーフサイズのオリンパス・ペンというコンパクト・カメラに、フジのカラーフィルムを入れて写真を撮っていました。

高校で部活に「写真部」を選んだ私は、入学祝いに買って貰った一眼レフカメラ(アサヒペンタックスSP)にコダックの白黒フィルムを入れて毎日持ち歩くようになり、間もなくフィルム現像や暗室作業にハマりました。

先ずはフィルム現像。
コダック(KODAK)の白黒フィルム用現像液D-76は処方が公開されていました。50℃の水750mlに、メトール2g、無水亜鉛酸ナトリウム100g、ハイドロキン5g、ホウ酸2gを加えて、最後に総量が1000mlになるように水を加えて完成。
ダークバッグと呼ばれる黒い遮光袋の中に両手を突っ込んで、撮影したばかりのフィルムをパトローネ(ケース)から取り出して現像タンクに入れ替え、現像液を注いでゆっくりと撹拌させます。
この先のプロセスを延々説明しても面白くないと思いますので、興味のある方はネットで調べてください。もちろん現像液はD-76以外にもいくつかあります。処方は公開されていませんが。

そして引き伸ばし。
印画紙に直接ネガフィルムを載せてプリントしたものをべた焼きと言いますが、今で言うサムネイルのようなもの。その中から気に入ったカットを選んで、ネガを引き伸ばし機にセットしてプリントします。
キャビネとか四つ切りとか半切といったサイズの印画紙を、現像液、定着液、そして水洗用の水で満たしたバット(四角い器)に順番に浸していきますが、現像液に浸したときに暗室の赤いライトの下で少しずつ写真が浮かび上がってくる、その瞬間が感動なのです。今の若い子なら「尊い!」と言うかもしれませんね。(笑)
そして出来上がったプリントを乾燥させて、半切の場合はパネルに貼る。

そういう作業を楽しんでいるうちに、ロバート・キャパとかユージン・スミスといった報道系の写真家に興味を持つようになった私は、将来写真家を目指してもいいかもしれないと思い、父親に相談しました。
父は建築の構造設計家でしたが、友人に建築写真家の二川幸夫さんという方がいました。建築評論家でもあり、建築デザイン専門誌『GA JAPAN』を創刊した方なので、建築関係の方はご存じの方も多いでしょう。
ポルシェ911のオーナーでもあり自動車好きを自認されていた二川氏は、私が小学生の頃から購読していた自動車雑誌『カーグラフィック』に寄稿していたので、建築にあまり興味のなかった私も二川さんの名前は知っていました。

高校一年の夏休み、私は弟子入りするつもりで二川さんのご自宅——ご自分でデザインされた住宅——を訪ねました。
現像や引き伸ばしなどの暗室作業を見せてもらいたいと期待していた私が、はじめに二川氏から聞いたのは意外な言葉でした。
「僕は暗室作業はまったくやらないよ」
考えてみれば当然で、報道写真家などと違って建築写真は8✕10や4✕5といった大判がメイン。小さくてもブローニーサイズなので、現像や引き伸ばしはそれを専門にするプロラボに任せているとのこと。

そして二川さんがアドバイスしてくれた言葉は、その後の私の人生を大きく動かしました。
「君は写真以外に何が好きかな?」
その時、私の答えが「建築」だったら二川氏に弟子入りしていたのかも知れません。
しかし私はこう答えました。
「音楽……それにクルマです」
「僕は自分のことを写真家とは思っていないんだ。実際に建築を設計する人はどう思うか判らないけれど……僕は自分のことを『写真を使って建築を表現する建築家』だと思っている。写真が好きな人、写真を職業にしたい人は世の中にごまんといるだろう? 写真というのは何かを表現するための道具に過ぎないんだよ。だから、君が音楽が好きなら音楽を、自動車が好きなら自動車を学んだほうが良い。それを写真のフレームに収めた時に、君にしか撮れない世界が開けるはずだ」
そう言われて、自分の脳内で好きなミュージシャンや好きなクルマを撮影するシーンを想像したとき、自分はそれを撮影する側の人間ではなく、音楽を作る側、或いはクルマをデザインする側になりたい……と強く思いました。

当時16歳だった私は十分なお礼を述べることも出来なかったと思いますが、その日以来二川氏のお宅を訪れたことはありません。
と言うわけで、写真は私にとって生涯の趣味となったのです。


老人は死なず、写真の趣味は認知症防止に効果的というけれど最近の優秀なオートフォーカスだとボケない代わりに惚けるかも?
(2023.5.24)
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み