第2談 ほんとうに怖ろしい夢の話

文字数 2,221文字

ちょっと遅めのおはようございます。

今日はこどもの日。GWも残すところあと僅かです。西日本は雨模様のようですが、東日本は好天に恵まれました。
一昨日洗車したのですが、洗車すると雨が降るジンクスも今回は外れたようでホッとしています。

さて、表題の夢の話。
小さい頃はよく悪夢に悩まされました。
例えば、自分が鉄腕アトムやエイトマンになっていて、敵の巨大ロボットに破壊されそうになって目が醒める夢。
この夢はもしかしたら、自分の持病——冠攣縮性狭心症と言って寝起きの時に冠動脈が痙攣して収縮し血流が遮断されてしまう心臓病——が関係していたのかもしれません。還暦の頃まで病気には気づかなかったのですが。

少年期以降によく見た夢は、一人で旅する夢です。
これは訳あって親元から引き離されて親戚に預けられた幼少期のトラウマが影響していたのかもしれません。
時間は決まって夜です。
鉄道の旅が殆どで、大抵乗っているのは古い客車でそれを牽引しているのは蒸気機関車。偶にクルマのこともありますが、そんなときにも駅で乗り捨てて鉄道に乗ります。
宿に着くこともありますが、目的地に行けないか約束の時間に大きく遅れてしまっていて誰にも会えない。
その夢には私以外の人間は一切出てきません。
偶に友人や家族らしい人が現れても、窓の外の遠くにいたり、川の向こう側だったりして、いくら呼んでも誰も私には気づかない。
夢の中で私は無限ループの中に迷い込んだような不安を感じ、もう二度とこの世界から出ることができないのでは? と戦慄を覚えるうちに目が醒める。
その夢の世界観がカフカの『城』に似ていて、私の本名(ペンネームもそうですが)の頭文字が「K」だったこともあって、中三の時に初めて読んだときからカフカに強いシンパシーを感じていました。
それにしても、小六で『人間失格』、中三で『城』って、かなり変わった子供でしたね。(苦笑)

そう言えば、自分が人間以外の何かに変身していて、誰も自分に気づいてくれないという夢も見たことがあります。虫になったことはありませんが、あるときは巨大なビルボードになっていました。(笑)

最近はそういう悪夢をあまり見なくなっていました。
等身大のウルトラマンになってスペシウム光線の練習をしていて、近所の子供達に「ばかみたい」と笑われるような、おかしな夢を見ることはありますが。
ところが4日ほど前に見た夢は人生最悪の悪夢でした。

夢の中で、私は自分の部屋にいていつものMacBook Proで何かの原稿を打っています。
そこは近未来的なシェルターのような感じなのですが、建物の中に突然エイリアンが現れ、周囲の人々は逃げ惑います。
私はどうしてもその原稿を送信しなくてはならずに部屋に留まっていたのですが、とうとうそこにエイリアンがやって来ます。ドアの下側が空いていて、そこから見えた脚はなぜかゴジラなんですが、ドアを壊して部屋の中に現れた上半身と頭はあのスイスの画家H・R・ギーガーのデザインによるエイリアンそのもの。
脚だけゴジラのエイリアンは口の辺りからシューシューと酸のような液体を零しながらこちらに近づいてきます。
私はリプリーほど強くないので、襲われたらひとたまりもありません。
ところが、私がじーっと息を殺していると、外で逃げ惑う人の声や物音がして、エイリアンはそちらに向かって出て行ってしまいます。
原稿を打ち終えて急ぎ送信すると、私は資料や周りに並べていた機材をバッグに詰め込み始めます。そんなもん放っといて早く逃げろや! って感じですが、夢の中の私はなんとしてもそれを全部持って逃げたいんです。
そのとき、壊れたドアの向こう側に親とはぐれた男の子が逃げていく姿が目に入り、私は咄嗟にその子を追いかけてこう叫びます。
「そっちは危ないぞ! 逃げるならあっちだ」
私が人差し指を向けたのは、ついさっきエイリアンが向かった方向。私を信じた男の子はエイリアンのいる方に向かって全速力で走っていきました。
もしエイリアンがこっちに戻って来ても、今の男の子と鉢合わせすれば、その間に自分は大切な物を全て持ち出すための時間が稼げる。そう考えながらバッグに全ての物を収め、肩に担いだところで目が醒めました。

全身にびっしょり汗をかいていました。
エイリアンもリアルでなかなか怖かったのですが、それ以上に怖ろしかったのは夢の中の自分です。

常日頃、他の幸せの為に自らを犠牲にしたり骨を折る利他の心の大切さを語っている私ですが、自分の中に潜む究極のエゴを見せられた気がしました。

エイリアンより怖ろしいのは自分だった……こんな夢はもうあまり見たくありませんが。

子供の頃の自分は、複雑な家庭環境や幼少期に親戚に預けられたことで、かなり捻くれた少年に育ちましたが、その後仏教に出会って、ありのままの自分を受け容れることや、自分以外の他と共に喜び合うことの大切さや感動を知り、妻と出会ったことで家庭を持つことができました。
私と妻の間には子供が三人います。
三人とも成人して今は三十前後。それぞれに夢を実現したり、自分の思う方向に向かって進んでいますが、過去の自分の心の奥底を覗いてみたら……

自分は良い父親だったのだろうか?
妻である母親に任せて、自分事に囚われていたことはなかったか?
全ての子供達にとって自分は良い大人だったのか?

うーーん、反省することばかりですね。


老人は死なず、こどもの日の今日は反省
(2023.5.5)


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