泣き虫妖精ウィウィ

文字数 1,987文字

ベランダ下の石段に女の子を下ろすと、のばらは家の中に入って洗面器とプラスチック製のコップを持ってきた。女の子の涙が落ちたところから草が生えるので、地面に涙が落ちないように洗面器で涙を溜めつつ、コップをイス代わりにするつもりだった。洗面器の中にコップを逆さまに立てて女の子をコップの上に座らせ、のばらはその横に屈んだ。女の子は突然のことに戸惑っているようで、泣き止んではいたが顔が強張っていた。のばらはつい女の子をしげしげと眺めたが、見れば見るほど形は人間と変わりなく、体の大きさが大人の中指ほどしかない点を除けば不審な様子はなかった。
「あなた名前はなんていうの?」
あなたは何?と聞くのは不躾だと思われて、のばらは名前を尋ねた。
女の子は長いまつ毛をぱちぱちと瞬かせ、ウィウィと消え入りそうな声で答えたが、変わった名前なのもあって、のばらは二、三度聞き返した。
「外国人みたいな名前ね。さっき泣いていたのはあなたね?どうして泣いていたの?」
たしかに女の子は茶色い目をしていたが髪は鈍い金色をしており、外国の子どもに違いなかった。
女の子はバツが悪そうに身じろぎした後、あの、悲しい気持ちになって、とつぶやいた。
「悲しい気持ち。どうしたの、何かあったの?」
友達にいじめられたんだろうか。悪口を言われたり、仲間外れにされたりとか。のばらは想像してみたが、女の子はいえ、特に何があったわけじゃないけど、とまごついて答えた。
「特にないの?それなのに悲しい気持ちになったの?」
「う、はい」
「それはおかしいわ。何もないのに悲しい気持ちになるはずないじゃない」
のばらは信じられない思いで女の子を見下ろした。何もなくて悲しくなることがあるだろうか?そんなはずはない。何かあったに違いない。でなければ、泣いたりするわけがなかった。
「何か隠してるんでしょう。教えてよ、話聞いてあげるから」
「あ、でも本当に何もないから…」
「大丈夫、誰にも言わないよ!誰かにいじめられたの?」
「あの、でも本当に何もなくて」
のばらは今度こそお手上げだと言わんばかりに足を投げ出した。なんだこの子は、人がせっかく心配しているのに気兼ねして。
すると女の子は肩を震わせながらごめんなさい、と言ってまた泣き出した。
のばらは気の毒さを取り戻し、再び女の子にやさしくしようという気になった。
「別に責めてるわけじゃないのよ。そうね、悲しい気持ちになることもあるかもね。あなたはさっき、どう悲しくなったの?何が悲しかったの?」
あの、と言いながら女の子はのばらの顔をちらちら伺った。
「私、さびしかったんです」
のばらは、これは重大な証言を引き出したと思った。
「さびしい!それは悲しいね。あなたはひとりぼっちなの?」
「そう、ひとりぼっちなんです。だからさびしくて」
ウィウィは得心が行ったようにうなずき、その姿にのばらも励まされた。
「ウィウィはお友達がいないのね。家族もいないのかしら?」
「あ、いえ」
とウィウィの口調はまた歯切れが悪くなった。
「友達がいないわけじゃないんです。家族もいるし」
「友達も家族もいるの?それじゃあひとりぼっちじゃないわ」
理由が判明したと思ったのばらはがっかりした。女の子のさびしさには、何か他の原因があるに違いなかった。
「だ、だけど、私本当にひとりぼっちなんです」
ウィウィは反論したが、のばらは首を振った。
「友達も家族もいる人がひとりぼっちでさびしくて悲しくなるはずがないわ。泣くほど悲しくなるなんてありえないわよ」
「でも、本当にひとりぼっちなの。私さびしくて悲しくなったの」
「だったら原因は他にあるはずよ。その友達や家族にひどいことをされたとか」
「別にひどいことはされてないけど…」
「ならやっぱり違うわよ。友達も家族もいるのにひとりぼっちだなんて傲慢よ。本当に孤独な人に失礼だわ」
「本当だもん!!」
ウィウィは突然庭いっぱいに響くほどの大きな声を上げ、のばらはびっくりして女の子を見つめた。女の子は肩で息をしながら涙を流している。
「本当にひとりぼっちだもん!嘘じゃないもん!今だってそう、私の気持ちをわかってくれる人なんていないんだもん、私は一人なんだー!」
わああっと女の子は泣き出し、涙が洪水のように溢れた。洗面器はあっという間に涙でいっぱいになり、溢れた涙が草を茂らせた。
みるみる育つ雑草を見てのばらは慌てふためき、近所迷惑にもなるしで女の子をなだめようとしたが、女の子はもう取り返しがつかないほど取り乱していた。
私はひとりぼっちだー、孤独なんだー!と泣き叫びながら女の子はばんっっという破裂音がしたかと思うと、煙のように消えてしまった。
庭に静けさが戻り、洗面器の水のちゃぷんと波打つ音が聞こえた。
「一体なんなの…」
洗面器の満タンの水と雑草を見ながら、せめて花でも咲かせてくれたらよかったのに、とのばらはひとりごちた。
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