保護されたのばら

文字数 1,352文字

空の雲はほとんど動かず、周りの景色もほとんど変わらない。変わり映えのない異世界で私は何をひたすらに走り続けているのだろう。
のばらはただでさえ足が速くないのに、追いかける相手は羽を使って空を飛んで逃げるのだ。これを無茶と言わずして何であろう。
ちょっと休もうと歩くと、遠くから何してるの早く来ないと見失っちゃうよーと発破をかけられた。
くそっ、これじゃいじめじゃないか。第一なんで天狗なのよ、もっとかわいいのがあるじゃない。仕方なくまた走り始めるも、体力が戻っているわけでもなく足取りは重い。
あー、もういいやとのばらは力尽きて、花の中にばったり倒れ込んだ。遠くでは女の子たちの残酷な笑い声が響いている。見慣れない景色を眺めているうちに、私はこのままここでのたれ死んじゃうのかな、と目に涙が浮かび、しくしく泣いた。
一方、ステンとアミーはのばらが追いかけてくるのを待っていたが、なかなか来ないのでそれぞれの世界観を極めていた。
「わしは烏天狗じゃー、名を名乗れー」
「わしは鞍馬の大天狗じゃぞ。面を被らぬとは何事じゃ、無礼者めがー」
独特の世界観である。

寝転がったのばらの顔を花がくすぐり、風がなでていった。ああお花さんたちがやさしい、私にはお前たちだけだ、とのばらが花に頬ずりしていたその時、

あなめづらし。人間の女の子じゃないの。

「え」
のばらは突然手足を細長いもので縛られ、地面の中に引きずり込まれた。助けてと叫びたかったが、土が顔中にまぶりつくので息をするのがやっとだった。
間もなくのばらは広い空洞に連れ込まれた。空洞は地下のようで、太い根っこのようなものがあちこちに垂れ下がっており、のばらの手足を拘束しているのもその類なのだろうと思われた。
私は一体どうなるのだろう。さっきの声の主が私を食べてしまうのだろうか。
のばらが手足を動かしても、根っこは軋むだけで逃げ出せそうにない。
本当にこの世界で私は死んでしまうかもしれない、とのばらはまた泣き始めた。
すると目の前に光のかたまりが現れ、中には人影が見えた。大人の男の人のようで、その人はのばらに向かって大きな手を差し伸べた。

「ステン、アミー!今すぐここに来なさい!」
男性が怒鳴ると、お転婆妖精たちがすぐに現れた。
「お父さん、どうしたの?」
「あっ、のばらじゃない!」
のばらは男性と地上に戻っていた。ステンにお父さんと呼ばれた男性は、腕組みをして二人を見下ろしている。
「人間の女の子を連れてきたなら、放っておいたらだめじゃないか!泣いてる子がいて迷子かもしれないから保護してくれって、見守り隊のパトロール中のバラが知らせてくれたんだぞ!」
「えーっ、なんでバラが見つけたんだろ?」
「あっ、そういえばのばらは飛べないんだっけ⁉︎地面から離れないから!」
うっかり妖精たちはようやく気づいたらしい。
「私たち、天狗鬼ごっこをしてたんだよ。のばらが鬼だったんだから」
「そうか。だけどな、のばらちゃんはもう疲れて鬼ごっこどころじゃないと思うぞ。今日はもう家に帰ってもらったらどうだ」
たしかにのばらは疲れ切っていて、三人の会話も無意識に聞こえているようなものだった。
疲れた、眠い、眠い…。
バラの香りがする。かぐわしい、濃厚なバラだ。むせるような香りに包まれて、のばらは眠りに落ちていった。
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