ステンの家

文字数 1,721文字

「ここはどこ?」
のばらは見慣れない場所に来ていた。
いや、妖精界なのだからどこも見慣れているはずはないのだが、前回飛ばされた場所とも違っていたのだ。
「今回は行き先決まってたから、直接うちに来たよー」
ステンとアミーが横に並んでいる。
ほら、とステンが指差した方向を見ると、前方の雲の中に家が建っているのが見えた。
かなり高地なのだろう、雲をこんなに間近に見たのは初めてだった。
さっそく行こう、とステンとアミーは走り出した。今日は空を飛ばないらしく、のばらも難なく二人の後に続いた。
近づいてみると、家はかなり古そうだった。のばらの知り合いの子の家といえば、最近は断熱だとかオール電化だとか最新の設備を備えていたが、ステンの家はそういった機能性とは無縁のようだった。しかし、レンガ作りの佇まいはなんとも言えない重みがあり、どんなお客でも受け入れてくれそうなあたたかみがあった。
「素敵なお家だね」
素直にそう言うと、ありがとう、とステンは笑った。
「妖精というか、イギリスは古くて造りのいい家に価値を感じるのね。古いから壊れたりもするんだけど、おじいちゃんやお父さんたちが代々修理してきて、大事に住んでるの」
「へえ、ステンたちはやっぱりイギリス人なんだね」
話しながら三人は家の中に入った。
ステンのお母さんはのばらを歓迎してくれた。
おばさんは手作りのレモンショートブレッドというクッキーを焼いてくれていて、紅茶といっしょにご馳走になった。紅茶は初めて飲んだけど、のばらはけっこう好きかもしれないと思った。
ティータイムが終わると、ステンは二人を二階の自室に案内してくれた。弟がいるらしく、ステンは個室だった。
「この間はごめんね。のばらが飛べないこと、すっかり忘れてたんだ」
「ううん、ステンのお父さんが来てくれたんだね。バラが知らせてくれたの?」
「そう、地下はバラたちの領域なんだよ。妖精とバラは共生してるんだ」
「ステンのお父さんは学校の先生をしててね、妖精の子どものことはみんな知ってるんだよ。学校の外でもいろいろお世話してるみたい」
「そうなんだ。最後のほうはよく覚えてなくて、お父さんにちゃんとお礼を言えてなかったかなって」
「気にしなくていいよ!のばらは人間だから、違う世界に来るとそれだけで消耗しちゃうんだって。だから、今日も疲れたら早く帰ったほうがいいよ」
たしかにここにいると普段に比べれば疲れやすい気がした。できるだけ長くいたいけどな、と思いながらのばらは部屋を見回した。
もともと物が少ないのか、ステンの部屋は片付いているというよりは、片付ける必要がないように見えた。引っ越してきたばかりのように、本棚にしても空いているところにとりあえず本を入れているという具合だ。
部屋にはいい香りがたちこめていて、のばらはさっきから気になっていた。
「いい香りがするけど、これってバラ?」
「そう、妖精はバラが大好きなんだよ!なんならバラの体臭になりたいんだけど、バラの香水を浴びるようにミストしてもなかなか染み付かなくて」
「ねー、妖精の永遠の悩みだよねー」
「へぇ、体臭…」
匂いがこれだけ充満しているのに染み付かないとは、バラの香水が太刀打ちできないほど妖精の体臭は強いのだろうか。だが、臭くはないから無臭の体臭?
のばらが考えていると、アミーは新しいバラのポプリを見つけたらしく、ステンがお母さんが作ってくれたのだと答えていた。
ステンのお父さんは教師をしているが、バラの収集も家業にしていて、今は主にお母さんが担っているらしい。
話を聞いているとステンとアミーは本当に仲がよくて、しょっちゅう二人でつるんでいるらしかった。アミーには妹がいて、ステンの弟と同い年であることが二人の会話からわかった。
「あいつの筆箱を漁ったらドでかいねり消しが入っててさ、消しゴムのカスを集めて固めたやつだけど」
「たしかに授業中もずっと練ってるって妹が言ってたー!」
二人は二人にしかわからない会話で盛り上がっていた。まるで、のばらなど初めからいないかのようだった。
のばらはしばらく黙って聞いていたが、段々落ち着かなくなって立ち上がると、バラにお礼を言ってくると言い捨て、二人の顔を見ずに部屋を出た。
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