第1話 恩田の谷戸の雑木林(冬)1  白い蝶

文字数 1,179文字

 私は全ての季節が好きだが、冬には生き物たちが生き残るための知恵といったものを感じさせてくれることがあるので、気に入っている。

 すっかり葉を落としてさっぱりとした雑木林の中 (なかには枯れ葉をいつまでもつけている木もある)、だれ一人いない広い畑の真ん中、森閑とした針葉樹林の中それぞれで、 良く耳を傾けると、彼等に訪れた厳しい寒帯の時期を積極的に寝てやり過ごす虫達や草木の寝息が聞こえて来るようだ。

 某12月15日、恩田の谷戸の雑木林では、ケヤキ、コナラ、ムラサキシキブ、キブシ、エゴノキがすっかり落葉し、清々しい青空がのぞいている。

 シラカシとアラカシは青々と元気に葉をつけていたが、ふと、アラカシの葉の緑色の中 に純白が目に付き、よくみると、蝶が葉裏にさかさまにぶら下がっているのであった。蝶 の大きさはモンシロチョウより小型で、閉じられたその羽は何一つ模様がなく、真っ白で あった。私は、この蝶を初めて見たときの感動を思い出す。だれしもが抱いている蝶の羽 のイメージを越えた、この真っ白な羽は、人間の考えよりも生物には多様性があることを思いださせてくれる。しかし、この蝶の閉じた羽と羽の上側のすきまからは、温かい紅色 がのぞいており、めったに見られないが、内側には美しい模様があることが分かるのである。

 この蝶は冬の雨露風を常緑樹の葉下で防ぐことにしている。成虫のまま越冬するのに、 他に隠れ場所がない以上、大胆だが、極めて理に適った場所を選択している。天敵である 小型の冬鳥は、体重が極めて軽く、15グラム程しかない。したがって、木の枝先にまで とまることができ、そこに多くいる越冬昆虫の卵などを餌にすることができる。しかし、 この蝶はさらに極めて細い先端の枝先の葉についていて、鳥は見付けても枝にとまれない し、飛びながらつつくのも、枝葉がじゃまをしてできない可能性がある。

 枝が風に揺れた時、ちょっと足を動かした。この蝶はまだ飛べるのであろうか。越冬す る昆虫の卵・幼虫・蛹は、冬にはいる少し前から、活動するのに必要なエネルギー源であるグリコーゲンが分解されて、動けなくなり、成長が止まる。この自らに課した魔法を解 除するのは、冬の寒さを経験することである。越冬する成虫が、同じ仕組みであるかは知らない。しかし、それを知るのは簡単である。ちょっとこの蝶をつついて見れば、飛ぶほどのエネルギーが残っていないのか、あるいは、十分に残されているのかを知ることがで きる。

 その試みは、この蝶の命をかけて試みることになる。なぜなら、前者の場合でも、体内の 維持に最小限必要なエネルギーだけしかないにもかかわらず、危険回避のために飛ぶことが考えられ、それを使い果たすことは死を意味するからである。

 このような時、必ずしも真実は知らなくてもいいと思っている。
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