あとがきと参考文献

文字数 2,951文字

 【あとがき】
 最後まで『嬰天狩り』を読んで下さり本当にありがとうございました。WEB公開としては初めての短編小説でしたので、読んでいただけるか心配だったのですが、沢山の方に読んでいただいた上、人生初のファンレターを頂いたりと嬉しい反応があって、作者としましては大変な喜びでした。

 ◎構成について
 気付かれた方も多いと思いますが、この作品は日本の2つの古い文学作品からインスパイアーされ出来たものです。
 一つは、『更級日記』
「あづまじのみちのはてよりもなほおくつかた」で始まる菅原孝標女の日記です。
 彼女の人生を綴った全日記のうち、生まれた上総を離れ都に上る旅の記の部分が多くインスピレーションを与えてくれました。富士山が噴煙を上げているのもそのためです。
 本作中の足柄山の暗闇の箇所は、孝標女一行が遊女と出会う場面の影響を受けています。
 また、最初の嬰天のクサビの夢での子別れの場面は、父孝標が常陸に任官して再度東国に赴くにあたり孝標女との別れで大泣きする場面から発想した部分もあります。

 一つは、『小栗判官』
 『小栗判官』はカーチェース(馬ですが)あり、バトルあり、スペクタクルありのハリウッド映画なみのエンターテインメント作品です。今も歌舞伎や舞台になったりしています。
 私は歌舞伎も舞台も見たことはないのですが、三代目若松若太夫という方が演じておられる「説経節」をよく聞きに行ってました。
 いつも「すげーな、この話」と聞いていて、いつか自分の作品に生かしたいと思っていたのが、このような形で実現しました。

 『小栗判官』には黄泉還った夫の小栗の乗った土車が熊野の壺湯へ行くのを、知らずに照手姫が引く場面があるのですが、この作品では小栗は嬰天に乗っ取られて蘇れずに亡者のままの設定になっています。
 ですから『小栗判官』のIF話なのですが、そこがうまく描けたか、分かりにくいかもしれないなと思っています。
 私にとって「照手姫の土車曳き」は永遠のテーマで、作品に反映させることがしばしばです。
 NOVELDAYSで現在連載中の「辻沢のアルゴノーツ」の中にも今後出てくると思います。

 『小栗判官』をもし読まれるならば東洋文庫の『説経節』もいいですが、古文が苦手と言う方は、伊藤比呂美さんの『新訳 説経節』(平凡社)をお薦めします。読みやすいながらも彼女の思い入れの激しさに心揺さぶられます。ついでに伊藤比呂美さんに興味をもたれらたなら『切腹考』(文藝春秋社)もお薦めしておきます。私の読書歴(少ないですが)で5本の指に入る作品です。
 また、『小栗判官』の評論としてお勧めしたいのが、昨年亡くなった橋本治の『もうすこし浄瑠璃を読もう』(新潮社)の中の「『小栗判官』をご存じですか」です。流石と言っていい切れ味の評論で、なにより『小栗判官』のことがよくわかります。

◎この作品のなりたちについて
 夢からです。ある日の夢に出て来たのが、クサビとスハエでした。
特にスハエの雉尾を引いて飛ぶ姿が印象的で(かば)の木の間をスハエが縫うように飛ぶ姿が目覚めた後も鮮明に残っていました。
そのスハエとクサビが未来のいつかの時代に使命を受けて、森の中の一軒家を調査してました。
一軒家が作中の堂宇のような仕掛けがいっぱいある家でした。そこに嬰天らしきものがいました。

 嬰天の名前は、星の赤子の意味ですが、もとはAFNのチャンネル数810(エイテン)から来ています。
執筆当時よく聞いていたラジオがAFNでした。(FENでご存じの方も多いかと)
ここに出てくる地名が座間だったり厚木だったりするのはそのためです。
 嬰天の名前も最初は、座間コミュニティークラブとか厚木エンデバーとかっていうAFNを聞いているとよく耳にする名詞をもじってつけていました。

 鉱物についても少し。劈開や結晶化という表現から鉱物が連想されると思いますが、
嬰天の名前と容姿には鉱物が反映されています。化学的な知識は持ち込みませんでした。どちらかというとの鉱石趣味の雑貨屋的知識です。
最初の嬰天は、私が一番好きな鉱物
 輝安鉱(表紙絵がそれです)
次の嬰天は
 蛍石(紫外線を当てると光る鉱物として有名です)
その次の嬰天は
 天青石(透き通った薄い青い色の美しい鉱物です。馬の純粋な心を表現しました)
最後は
 琥珀(太古の樹液が鉱物化したものです。これは劈開がありません。多く昆虫や小動物が中に取り込まれています。ユウヅツも琥珀に取り込まれたものの一つなのかもしれません)です。

 以上のように、いろいろなものをごた混ぜにして出来たのがこの作品です。

 ◎今後について
 ここには詳しく描かれていない、クサビとユウヅツの嬰天狩りをシリーズ化してみたいと思っています。
 人の情念と鉱物とはまったく関係がないですが、それを癒着させて嬰天を作る関係から、人の心理をいい加減に描けないという難しい部分をクリアする必要があって、まだ構想段階です。
 早いうちに何本か書いて、WEB公開したいと思いますが、いつになるかわかりません。

 『辻沢のアルゴノーツ』が終わったあたりになるかもです。

 最後に『嬰天狩り』を読んでいただき、本当にありがとうございました。
 また、クサビとユウヅツの活躍する平安時代でお会いしましょう。

 真毒丸タケル(takerunjp改め)

 【参考文献】
 ・『枕草子』(萩谷朴校注 新潮日本文学集成 第十二回)
夕星の仮名をユウズツとする場合があるようですが、萩谷注にならいユウヅツとしました。
 橋本治『桃尻語訳 枕草子』はこの注釈の自由な訳文に影響を受けたと言われています。
 ・『更級日記』(西下経一校注 岩波文庫)
 『更級日記』の写本は藤原定家筆が最古のものとして有名ですが、定家の写本は癖字で読みづらい上、誤写ばかりでなく恣意的改訂を加える場合が多いので、読解には注意が必要と言われています。それは『土佐日記』の写本で、真面目で実直だったといわれる息子為家の写本と定家の写本を比較して分かったことです。残念ながら『更級日記』は定家本系しか残存していないので、あのまま読むしかないのですが。(定家筆本『更級日記』が国宝に指定されるそうです:2022年11月)
 ・『説経節(せっきょうぶし)』(荒木繁、山本吉左右編注 東洋文庫243 平凡社)
 5大説経節(「山椒大夫」「愛護若」「刈萱童心」「信徳丸」「小栗判官」)が原文&挿絵入りで読めます。ラノベみたいです。
 ・『新訂女官通解(にょかんつうかい)』(浅井虎夫著 所京子校訂 講談社学術文庫)
 平安・鎌倉の女官の官位、役職、装束、礼式、生活様式等が一覧できます。
 平安・鎌倉女流文学の必携書です。
 ・『新訂官職要解』(和田英松著 所功校訂 講談社学術文庫)
 平安・鎌倉の官位、役職、装束、礼式、生活様式等が一覧できます。
 因みに所京子と所功とはご夫婦の研究者です。
 ・『有職故実(ゆうそくこじつ)』(石田貞吉著 嵐義人校訂 講談社学術文庫)
 平安・鎌倉の役職、装束、礼式等に関する基本文献です。
 ・『楽しい鉱物図鑑』(堀秀道著 草思社) 
 堀秀道さんは練馬の駅近くで鉱物研究所&鉱物ショップを営んでおられ、TV東京の「なんでも鑑定団」で鉱石・宝石鑑定士として出演された方です。今は鬼籍に入られました。
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