第7話森の民

文字数 2,089文字

 三人はそれまで歩いていた道をそれて、森の奥へ向かって行った。
鬱蒼と木々が茂り、昼なのか夕方なのか、時間の感覚がなくなるほどに薄暗かった。足許にはシダのような草が生えていて、湿っぽかった。

 ティアは、森に入るとすぐに、被っていたフードを取って、腰までも伸びた銀色の髪を、ミリアの前にさらした。

 ミリアが息を呑んで、その美しさに見取れていると、ティアは笑ってミリアの髪を撫でた。
「ミリアの髪も美しいわ。濃い豊かな土の色。木や草や自然を育てる、母なる大地の色よ」

「母なる大地……」
ミリアがつぶやく。

「ええ、私達は古代からの自然を崇拝する森の民なの。タウ神殿からは異端とか、魔女(ウイッチ)と呼ばれている」
ミリアが戸惑っていると、ティアは続けた。

「カヴンに着く前に、私達のことをお話ししておきたいの」
「カヴン?」
「言わば家族のことね。森の民はいくつもの集団がいて、それぞれをカヴンと呼んでいる」


 魔女(ウイッチ)と聞いて、ミリアは、何か恐ろしいところへ足を踏み入れてしまうのかと、怖じ気づいた。
安易に着いてきてしまったけれど、間違いだったのかもしれないと思った。

魔女(ウイッチ)と聞いて驚いた?」
ティアが微笑むと、ミリアの緊張が和らいだ。
ミリアは何と答えたらいいのかわからずに、ティアを見て微かにうなずいた。

「そうよね、一般には怪しげな呪いをする者達、深夜に集まって悪魔と契約するとかね」
「フフッ……」
後を歩いていた、いつも無表情なガーダナが、珍しく笑った。
「悪魔なんてものは、タウ神殿が創り出した化物だ。我々の神に悪魔はいない」

 ティアは、ガーダナを見て肩をすくめてから、続けた。
「私達は、有角神(パーン)と月の女神(ディアナ)を信仰するカヴンなの。

有角神(パーン)は、頭に二本のツノがある山羊の頭を持ち、こうもりの羽根と獅子の尾と、羊の足を持つ姿で描かれる。自然の力を表しているのだけれど、それを勘違いする人も多いのよ」

有角神(パーン)、月の女神(ディアナ)?」
ミリアが復唱するようにつぶやくと、代わってガーダナが続けた。

「我々の仲間には、領主やタウ神殿から(しいた)げられて、市井(しせい)で生きられなくなった者が多い。我らのところへ来たからといって、同じように信仰しろとは言わないし、いつまでいても良い。いつ出て行ってもいい」


 ミリアたちが、彼らの言うところのカヴンに着いたのは、日が落ちて、かなり経った頃だった。
星の光も届かないほど、木々の茂る森の闇は深く、足を踏み出すのさえ恐ろしく感じられた。

  そんな中を、今度は、ロバを牽いたガーダナが先導し、ミリアは、ティアに手をひかれて歩いた。

足が痛んで、もう歩きたくないと弱音を吐きそうになった頃に、ようやく、小さな篝火(かがりび)が見えてきた。

 予想していたよりは、大きな建物だった。
丸太を組んだだけの、横に長い平屋だったが、ミリアが知っている農民の家の三倍はあるだろうか。
その平屋の両端には、くさびの形のように、縦に別の建物が並んでいた。

「ようこそ、私達のカヴンへ」
入り口のドアを開けて入って行くガーダナに続いて、ティアがミリアを招いた。

 数段の階段を上がり、ドアの中へ入ると、そこは板敷きの大広間だった。
素朴な木のテーブルが三つ並べられていて、それぞれに四客ずつの椅子が置かれていた。

 その椅子には、七人の男女が腰掛けていて、それぞれに何か作業をしており、ガーダナとティアが入って来たのに気がつくと、みんな嬉しそうに立ち上がった。

「おかえりなさい!」
「ご無事で戻られて良かった」
口々に挨拶するようすを見ていると、ミリアは二人が慕われているのが感じられた。

「おーい、ティア様とガーダナ様が帰られたぞ!」
ひとりの男が、近くのドアに向かって声をかけると、奥から、さらに三人の女性が走り出してきた。

「おかえりなさい、お食事はまだでしょう?」
「私達もこれからなんです、一緒に食べられて良かったわ」

「あら、そちらの方は?」
一人がミリアの姿を認めて声を掛けてきた。

「この人はミリア。故郷で辛い目に遭って出て来たところ、私達と出会ったの。しばらくここにいる予定だから、親切にしてあげてね」
 ティアは、彼女の後に隠れるようにして立っているミリアを前に押し出して、紹介してくれた。

「ミリアです。よろしくお願いします」
彼女が頭を下げると、まわりから口々に、よろしく、気楽にしてね、などと声がかかった。

 こんなに何人もの人がいるとは思っていなかったので、すこし緊張したが、受け入れてもらえたような雰囲気に、肩の力が抜けた。

「そいうわけで、買ってきた荷物を頼む。ロバは外に繋いだままだ。食事の準備もたのむ。ミリアも一緒に行くと良い」
ガーダナが言うと、みなそれぞれの仕事をするために散っていった。

「あ、リラ、お願い。ミリアの面倒をみてやってちょうだい。ミリア、リラについて行って」
ティアが、近くにいた若い女性を引き留めると、ミリアを託した。

リラは人好きのする丸い顔をほころばせて、ミリアに手を差し出した。
「私はリラ。仲良くしましょう。来て、お手伝いしてね」

リラは差し出されたミリアの手を取ると、ティアの方は軽く会釈してから、さきほど出て来たドアへと、ミリアを導いた。
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