第11話秘儀参入

文字数 1,461文字

 数分ほど歩いただろうか、ミリアには長く感じられたが、もしかすると、もっと短い時間だったかもしれない。
時間の感覚も、自分が今、どこで何をしているのかさえも感じられなくなっていた。

「着いたわ」
やがて、リラが横でつぶやくと、甘いスパイスのような香りが、あたりに漂っている場所に着いた。微かに衣擦れの音がしていた。

 リンリンリンとベルを鳴らす音が響いて、リラが歩き出した。ミリアも導かれるままに、ゆっくり歩みを進めた。

円を描くようにカーブしながら歩いたかと思うと、次には時々立ち止まりながら、行ったり来たりした。ミリアには何かの図形を辿(たど)っているようにも感じられたが、よくはわからなかった。

 リラがやがて立ち止まると、再びベルの音が響き、ミリアは数歩前に進んだ。
「ミリア、(ひざまづ)いて」
リラのつぶやくような声がした。

 ミリアは促されるままに、その場で膝立ちになった。
「前に、女司祭長(ハイプリーステス)、ティア様のお()足がある。口づけを」
ミリアは手探りで、ティアの足を認め、体を折って、足の甲に唇を落とした。

「お手を差し出されているわ、お手にも口づけを」
ミリアが両手でティアの手を捧げ持ち、静かに唇を落とした。

 すると、女司祭長(ハイプリーステス)ティアは、彼女の両手を持ち上げ、ミリアの体を支えるようにして立たせた。

ティアの息遣いが近づいてきた。ミリアは、そっと引き寄せられて、額に口づけが落とされるのを感じた。
「汝、欲するところを成せ、誰も傷つけぬ限り」
ティア声が響き、唇に温かいものが触れるのを感じた。

「次は、司祭長(ハイプリースト)ガーダナ様の方へ」
ミリアは促されて再び跪き、ガーダナの足と手に口づけを落とし、立たされて、司祭長(ハイプリースト)ガーダナから、額に口づけを受けた。

「行いは三倍になって返る。善行には善行が、悪行には悪行が」
ガーダナの声が頭上から響き、唇に冷たい感触が触れた。

リラが、横から手をのばして、ミリアの両手の戒めをほどき、目の覆いを外してくれた。

 目の前には、黒いクロスの掛かったテーブルがあり、テーブルの上には、いくつか物が置かれていた。

奥には、火が点った蝋燭と、煙が(くゆ)っている香炉に、赤い液体が満たされた金属の(ゴブレット)
手前には、鞘に納められた短剣(アサメイ)と、(ステック)。表面に星と複雑な図形の書かれた護符(タリスマン)。そして、中央には、黒い革表紙の厚い本。

 テーブルの前には、左右に分かれて、女司祭長(ハイプリーステス)が純白のローブ、司祭長(ハイプリースト)が漆黒のローブ姿でたたずんでいた。

 見回すと、まわりにはカヴンの仲間十人が、円形の魔方陣を囲むように、黒いローブ姿で並んでいた。

 地面に描かれた魔方陣は、白い粉状のもので複雑な線が描かれていて、テーブルの上に置いてあった護符(タリスマン)の模様と似た、五芒星型(ペンタグラム)の図形が足許に広がっていた。

「私の娘よ、こちらを」
女司祭長(ハイプリーステス)ティアが、テーブルの中央にあった黒い革表紙の本を取り上げて、ミリアに手渡した。

 ミリアは、不思議そうな顔をして受けとると、ティアは微かに笑みを浮かべた。
「これは、我々森の民の聖典。(ブック・オブ)(・シャドウ)です」
ミリアが頷いて、ページを開いて見ると、生成り色の紙が綴られているだけで、何も文字が書かれていなかった。

 不思議に思って見上げると、ティアは頷いて続けた。
「この本には、あなた自身が書き込むのです。これから学ぶこと、感じたことをすべて。それがあなたの神聖なる書物になるでしょう」

「これで、ミリアの秘儀参入(イニシェーション)の儀は終わった。散会!」
司祭長(ハイプリースト)ガーダナが宣言すると、リンリンリンとベルの音が響き、それぞれが静かに動き出した。

ミリアもティアとガーダナに会釈すると、リラに促されてその場を後にしたのだった。
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