第10話森の民の暮らし

文字数 2,367文字

「リラ、薬草の分別終わったわよ」
ミリアは、テーブルに座って作業しているリラの、後ろ姿に声をかけた。

 カヴンで生活するようになってから、二ヶ月余りが過ぎた。彼女は、仲間たちの手伝いなどをして過ごしていた。

 森での暮らしは、ほとんどが自給自足だ。
畑を耕して野菜を育て、果物のなる木の世話をし、薬草や、木実や、茸など森の恵みを収穫して一日が過ぎていく。

 ミリアはまだ、彼らの信仰には加わっていなかったので、朝晩の祈りには参加しなかった。その時間は、小屋の掃除や、服の繕い物などを率先して行っていた。

「ミリア、ありがとう、そこへ置いて、後で見るわ」
集中しているらしく、リラは振り返らずに答えた。

「わかったわ。あとは何か手伝うことある?」
「ありがとう、今のところ大丈夫。それより、少し休んだら。朝からずっと働いてるでしょ」
リラは言って振り返り、ミリアを手招きした。

「そうね、でも動いていた方が、気が楽なのよ」
ミリアは言って、横のドアから台所へ入り、お茶のカップを二つ持って、戻って来た。

「リラもお茶いかが?」、
ミリアは、向かい側に座って、リラの手元をのぞき込んだ。

「それは何? 紙の札?」
ミリアは、テーブルに乗っている二十枚ほどの札を珍しそうに眺めた。

「オラクルカードというの。占いをするための札ね」
「へえ、色をつけてるのね」

「そうよ、これは私達の修行でもあるの。黒露草のインクで絵柄を描いて、札を作るのを仕事にしている仲間がいるの。自分で植物のインクを作って、それに色をつけるのが、私たちの修行のひとつ」

 リラは、目の前に置いた札を指でつまんで、ミリアの前にさしだした。
「どこにどの色を塗るのか、その意味は何か、すべて決まっているの。それを学ぶのが目的よ」

ミリアは、リラの札を受け取って、眺めた。
「これは、鍵ね」
「そう、鍵は扉を開く。新しいことがはじまる印ね」

「おもしろいわね、私も意味を知りたいわ」
ミリアは言って、鍵の絵柄の札を、リラに返した。

「それなら、あなたも、正式に仲間にならない? 前から誘おうと思っていたの。私達の信仰を受け入れてくれるなら歓迎よ」

 そのことについては、ミリアも考えていた。ここでの暮らしは楽しかったが、いつまでも世話になり続けているのも心苦しかった。

かと言って、居心地の良いここを出て、あらたな居場所を探すのも辛かった。
 なによりも、リラを始め、すっかり染んだ仲間と別れて、一人になるのが恐かったのだ。


 それから数日後、満月の夜に、ミリアの秘儀参入(イニシェーション)の儀は行われた。

 ミリアの導師には、ティアが名乗りを上げたが、彼女は、儀式に女司祭長(ハイプリーステス)としての役割があるため、リラが補佐を務めることになっていた。

 白い布で目を覆われたミリアは、リラに手を引かれて、外へ連れ出された。夜風は少し冷たく、庭で栽培している薬草だろう、薄らと甘い香りが鼻を(よぎ)った。

 ミリアは、自分がどんな状況に置かれているのかわからないため、足を踏み出すのが恐ろしいような気がしたが、リラの手のぬくもりに励まされて、導かれるままにゆっくりと進んだ。

「ここで、身を清めるのよ」
リラが声をひそめて言うと、シュルシュルと衣服を脱ぐ気配がして、次にミリアの着ている服に、リラの手がかかった。
「え!」
「シッ」
驚いて声を上げそうになったミリアを、リラが留めた。

「いいわ、お願い」
リラが言うと、複数の手がミリアの服を掴み、そっと脱がされるのを感じた。
周りにも人がいたのた。急に身近に感じられるようになった、人の気配に身をかたくした。

 視界を奪われるというのは、なんと無防備で、少しのことにも敏感になることか。
誰一人として言葉を発する者がいないのに、すぐ近くにいる数人の存在が大きく感じられた。

 やがてすべての服が脱がされてしまうと、リラは再びミリアの手を引き、導いた。
「泉に入るわ、滑らないように、ゆっくりね。深さは腰のあたりまでよ」

 春の暖かさもあってか、水は思ったよりも冷たくはなかった。
 水の底は砂地のようで、足を踏み入れるとわずかに窪み、体のバランスが崩れた。
ミリアは、無意識に、何かに捕まろうと片手で辺りを探すが、当然何も無い。

 リラは掴んでいるミリアの手を、持ち上げるようにして、彼女の崩れそうな体を支えた。
「真ん中まで、あと数歩よ」
リラが、ミリアの耳元でささやいた。
 ミリアは、混乱しそうになっていた気持ちを収めて、頷いた。

 空に浮かぶ満月が、泉の水に映っていた。ふたりがその月の中へ歩んでいくと、水面が揺れて、まわりで見ている者たちからは、二人の影に月が吸い込まれるかのように見えた。

 リラは、両手で水をすくい、それを、ミリアの頭から流しかけた。それを四回繰り返して、またミリアの手を取ると、ゆっくり泉から出た。

 すると、また、まわりから数人の手が伸びて、ミリアの体の水を拭い、なにか、軽く肌触りの良い布を着せられた。

 目隠しをされているので、どのようなものか、はっきりは解らなかったが、それは、くるぶしほどの丈の長い布で、貫頭衣というのであろうか、首を通しただけで、腰のあたりを紐で結わえただけのものだった。

「両手を出して」
リラが言った。
ミリアが素直に両手を前に出すと、リラは、彼女の両方の手首を揃えて、布のようなもので巻いて留めた。

ミリアは、手首が縛られたのを察して、身じろぎをしたが、リラがなだめるように、大丈夫とささやくと、幾分落ち着いた。

 どれもこれも、驚くことばかりだった。視界が奪われ、何をされているのか、想像の中でしか感じられないため、恐怖もひとしおだった。

 ミリアの両手が縛られているため、リラは、今度は彼女の肘を支えながら歩いた。

地面が芝草のような草で覆われているようで、裸足の足の裏には、少し湿ったようなやわらかい感触が続いていた。
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