4 航宙要塞奪還作戦 2

文字数 4,686文字

4〈エナ〉航宙要塞奪還作戦2

 そのかぎ爪のような兵器は鋭角的な軌道変更と、俊敏な機動速度で私達の艦隊を翻弄する。
 音も無く瞬く無数の閃光、続く爆炎の火球と飛び散る残骸。
 接敵の瞬間、一瞬にして撃破された僚機ヴァリオギア・ディスは十数機を数えた。

 物量にして千を超えているだろう、膨大なクロームボディが漆黒のホリゾントを飛び交っている。
 ミューオン核ミサイル迎撃によって戦力を削がれて尚、それだけの数を温存していたのだ。
 だが、演算思考体ヘリオス4はこの展開を予測していた。

 彼ら〈奈落〉の自律型無人兵器は、私達のヴァリオギアより三倍近く機動性に優れている。その主たる原因は「ヒト型」を採らず、動力の全てを重力制御推進に振り分けているためだ。
 その一方で、対時空災厄を想定しておらず、無人故に「OCDM」の恩恵を受けていない。

「Outer Continuem Dust Material」アウターコンティニューム・ダスト・マテリアル。
 解体された時空災厄、その断片から精製された兵器用構造材の略称。

 そのOCDMから造り出した対時空災厄武装の銃槍、ランスガンが私達の不利を覆す。
 時空歪曲防壁(Dフラクチャー)——— 超重力によって時空を歪め、一切の物理攻撃を無力化する不可視の盾。ランスガン先端に傘のように現れるそれが私達の力天使を守護するのだ。
 本来は時空災厄が持つ時空歪曲防壁に対して、逆位相の時空歪曲現象を発生させ相殺するために産み出された兵器だが、人類兵器同士の争いでも絶大な防御力を誇る。
 加えて演算思考体ヘリオス4は自律型無人兵器の運動パターンを分析し、各ヴァリオギアの被攻撃予測スクリプトをリアルタイムに更新する。
 最初の僚機の損害は織り込み済みであり、ランスガンと被攻撃予測の二つが自律型無人兵器への対抗を可能にする鍵なのだ。

 彼ら自律型無人兵器群の荷電粒子ビームが放つ、幾条もの光の柱。
 ランスガンの時空歪曲防壁が、見えない曲面を滑らせるかのように捻じ曲げる。
 そして、私達はヴァリオギアの左腕に装着されたカプセル封入型高圧縮プラズマ弾高速射出装置、通称「プラズマガン」を彼らの自律兵器に容赦なく撃ち込んでいく。
 連続する眩い閃光、撃破の度に飛び交う力天使の破片がクロームのそれらに入れ替わる。
 ランスガンの時空歪曲防壁は、防御範囲が前面八メートル四方と決して広くはない。
 だが、時間が経過するにつれ僚機の被弾は減り、彼らの優位性を削ぎ落としていった。

 自律型無人兵器は機動性と攻撃力に全てを振っており、防御力は皆無に等しい。
 プラズマガンさえ当てることができれば、面白いように砕け散った。
 まるでシミュレーションだ——— と、私が思ったところでケイの情報窓が立ち上がった。

『エナ、念を押すけどボク達の任務はあくまで艦隊旗艦の護衛だから』
「ううん、分かってるわ」
『そろそろウズウズし出す頃じゃないかなって』
「ふふん、ビンゴかしら」

 状況に余裕が生まれ、ケイのソプラノが聴きたくなってきた頃合いだった。
 こういう時だけは私のことをお見通し、さすがはケイである。
 但し、ケイと私のそれとでは意味が違うのは目を瞑るしかない。

 私達はソルやアラン達が乗艦する艦隊旗艦トラントシス級一番艦の周囲をロール旋回しながら、接近する自律型無人兵器の攻撃に対する防御、そして迎撃に専念していた。
 艦隊が目指しているのはレッドスフィア航宙要塞の中心部、私達の航宙要塞と同じ宇宙港。
 彼らの自律兵器の掃討は時間の問題であり、先行するヴァントロア級と槍士兵徒達のヴァリオギア群に任せておけばほぼ無傷で宇宙港に侵入できる——— この時の私達はそう思っていた。


 すると、突然トラントシス級一番艦の前方を往くヴァントロア級の二隻が爆炎の焔を上げ、帯同するヴァリオギア四機も一瞬にして爆散した。
 主系列星公転軌道面を水平と見做した私達の上方、突然それが超空間接続によって飛来した。
 クロームボディこそ変わらないが、その外観は私達のヴァリオギア・オンズと酷似。
 彼ら〈奈落〉の新たなる機動兵器だ。
 降り注ぐのは荷電粒子ビームの雨、私達はランスガンが発生させる時空歪曲防壁を上方に向け、必死に艦隊旗艦への攻撃を防御する。

「なっ、なにっ、あれっ?」

 私がランスガンで粒子ビームを受け流しつつ、ケイが新たな脅威にプラズマガンを連射する。
 だが、その軌跡は敵機動兵器の直前、美しい放物線を描いて他方に逸れる。
 新たな脅威は私達の方向へ急速降下し、すれ違いにまた一隻のヴァントロア級を撃破した。

『馬鹿なっ、時空歪曲防壁だってっ!?』
「ええっ! じゃあ、あれは有人なの?」
『分からない。OCDMは無人では操作できないはず』

 驚きを隠せないケイの音声が、私のヘルメット型情報モジュールに響く。
 目の前で、また新たな粒子ビームの光の矢が僚機ヴァリオギアを貫いた。
 爆散する力天使。きらきらと乱反射するヴァリオギアの破片が私達に降り注ぐ。
 耳障りなアラートと共に新たな情報窓が開く。
 艦隊旗艦トラントシス級一番艦の二つ隣りを侵攻していた三番艦が、灼熱の焔に包まれて二つに折れる姿が映し出された。

「ああっ、ヨリがっ!」

 投影視界の下端にズラリと並ぶ僚機のアイコン、専任槍士官(ランスマスター)リオルのパートナー、お節介なヨリのそれが消えた。
 恐らく不意に襲われた三番艦の巻き添えになってしまったのだろう。
 新たに現れた刺客、彼らの機動兵器は一機ではなかったのだ。
 突然の出来事に驚きと抗議の声を上げる私。

「そんな話、聞いてないわっ、ヘリオス4っ!」

 巧みに力天使達の追撃を躱し、易々と後ろを獲って粒子ビームで次々と撃破。
 僚機のアイコン群が急激に虫食いを拡げていく。
 槍士兵徒(ランサラー)達のヴァリオギア・ディスでは歯が立たない。
 モノクロームに光る巨大な推進翼、合計六基の超重力制御装置(Gトロニック)は私達のヴァリオギア・オンズと同じレイアウトだが、一対の腕に対して一本の巨大な尾のようなサブアーム。
 仄かに青く発光するそれはランスガンと同じOCDM製だ。
 一機のヴァリオギア・オンズが一方の敵機動兵器の追撃を始めた。トラントシス級三番艦を護衛して、パートナーを失った専任槍士官のリオルだ。
 それを見た私も新たな脅威への追撃の決意をする。

「ケイ、あいつは私が仕留める。ここをお願い」
『えっ、ちょっと落ち着いてエナっ!』
「近接戦闘に持ち込めば、時空歪曲防壁は関係ない。格闘戦なら負けないから」
『エナっ、待っ………』

 ケイの制止を振り切り、私はオンズの六基の超重力制御装置の出力を全開にした。
 同じ専任槍士官のヨリが撃破されたことで、私はムキになっていた。今まで専任槍士官に〈ジェネクト〉経験者は一人も居なかったからである。
 艦隊との距離が開くと、ジャミングの影響で演算思考体の通信アシストが届かなくなる。だが、新たな敵機動兵器は自律型無人兵器ほど速くはない。
 今のところ、私達が知る常識的な機動(マニューバ)に留まっている。

 ケイの声が届かないのは心細いが、専任槍士官はケイだけではない。

 最高加速で急接近、回避行動をとる敵機動兵器の進路に高圧縮プラズマの牽制弾をばら撒く。
 時空歪曲防壁に阻まれたそれは火花のように四方に散るが、私の狙いは背後だ。
 だが、クロームボディも一筋縄ではない。側転方向に回転しながら粒子ビームを乱れ撃つ。
 堪らず私が機体を退くと、お返しとばかりに相手方が突進をかける。

「ちっ、やるわねっ」

 敵機動兵器の巨大な尾の切っ先はランスガンと同じ高周波振動ブレードだろう。
 (スピア)のごとく鋭く突き出されたそれを打ち払い、返す刀で逆袈裟に振り抜いた。
 紙一重で躱した敵機動兵器は、背にしたレッドスフィア航宙要塞へ転身してフル加速。
 それを追う私の主天使(ドミニオン)ヴァリオギア・オンズ。

「逃がさないからっ!」

 接近しては打ち合って回避を繰り返す。
 お互い一定の距離が必要な射撃兵器では勝負がつかない。
 何度か打ち合っている内に、私は敵機動兵器の実力がケイやリオルほどではないと気付く。

 勝てる——— そう思った私はある部分で冷静さを欠き始めた。

 接近するレッドスフィア航宙要塞。リング中心の宇宙港であるはずの巨大な空間、その手前の整備経路とおぼしき横穴に私はいつの間にか誘い込まれていた。
 横穴と言っても高さと幅はおよそ百メートル超え。私は敵機動兵器を追い回すのに夢中になり過ぎて、暗い宇宙空間と繋がったそれに気付かなかったのである。

 絶え間ない粒子ビーム、プラズマガン牽制射の交錯。
 曲がりくねった暗がりの迷宮を、二機の機動兵器が超高速で駆け抜ける。
 数え切れないほどのコーナーを曲がると、目の前に巨大なエアロックらしき隔壁が現れた。
 そして、在ろうことか敵機動兵器を迎え入れるようにその大きな口を開ける。
 隔壁の奥から吹き出すのは大量の窒素と酸素、つまり大気だ。
 大気の圧力で機体は減速を余儀なくされるが、クロームボディの敵機動兵器もそれは同じ。
 私は超重力制御推進のスロットルをじわりと開け増した。

「あ………」

 エアロックを抜けた先に横たわっていたもの。
 投影視界の自動明度調整で補正されたが、それでも見えるもの全てが薄暗い。
 私達の航宙要塞と同じ樹脂構造材で覆われた建造物、マスの目に整備された道路、プレーンな邸宅が立ち並ぶ広大な空間。レッドスフィア航宙要塞の居住区である。
 だが、その場所には街の灯りがなく、生体センサーも反応を返さない。
 シミュレーション用途の模型のような都市が、オンズの脚下一面に広がっている。
 天井を覆う採光シールドのスクリーンだけが、ぼんやりと薄く発光していた。

「え、なに、なんでこんな………」

 異様な光景に独り言を口にした矢先、左下方の建造物の死角から躍り出たクロームボディ。
 再び、私とオンズは敵機動兵器と合間見えた。
 ヘルメット型情報モジュールの内側を打つ大音量のアラート。
 私は都市空間の中で高度を上げ、プラズマガンを振り向けるも下方は居住区だ。
 確かに人の気配はない。だが「本当に?」と私の一瞬の躊躇を突き、粒子ビームがヴァリオギア・オンズ背面の重力制御装置を貫いた。
 バリバリッと金属質の何かが剥がれる音と共に、機体は急激に失速。
 重力制御を失い回転しながら落下を始め、好機とばかりに急接近する敵機動兵器。
 巨大な鞭と見紛うサブアームの先端、甲高い唸り音を撒き散らす高周波振動ブレード。
 大気が伝える「音」が差し迫る脅威の存在を際立たせる。

「お馬鹿さん、引っかかったっ!」

 私は重力制御を復帰させ機体をぐるっとロール旋回、敵サブアームの一瞬の打突攻撃を躱す。
 回転の遠心力を利用して、一気にランスガンを敵機動兵器の胴体に突き刺した。

 被弾した超重力制御装置は、六基のうち一基が使用不能になっただけだ。
 いくつか小爆発が起こり、爆炎を上げ始めた敵機動兵器からランスガンを引き抜こうと、私は超重力制御装置の推進重力を逆方向に切り替える。
 だが、敵機動兵器は両メインアームを伸ばし、がっちりヴァリオギア・オンズの肩部を掴んだ。
 目の前の投影視界はレッドアラートで埋め尽くされ、真っ赤に染まるコクピット。
 ミシミシとオンズのボディが軋み上げあげる音。

「え? あれ? ちょっ、ちょっとっ!」

 必死に抗うものの、クロームボディのメインアームはオンズを離さない。
 私は敵機動兵器もろとも、誰一人見当たらない居住区に墜ちた。

「な、ええっ、ええええーっ!?」
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