3 航宙要塞奪還作戦 1

文字数 4,720文字

3〈エナ〉航宙要塞奪還作戦1

 我々は「二番目の人類(フィギュアス)」。

 滅亡した人類文明圏の再興と引き換えに取り引きをした。
 大銀河文明連帯十二文明圏はそのために人類救済の手を差し伸べた。
 時空災厄討伐、それこそが我々の使命であり、存在理由である。

 だが〈奈落〉は、同胞でありながら課された使命に背を向け、かつての住処をも奪った。
 あまつさえ、故郷アクオススフェアへの道すら阻んでいる。

 ついに怒りの矢を放つ時がきた。
 レッドスフィア航宙要塞の奪還、そして〈奈落〉の打倒は避けて通れぬ道である。
 作戦の成功は諸君らの双肩に掛かっている———



 第三航宙時間一二〇〇、クラウドスフィア総合司令センターにて。
 私達の代表、デュカ・ブレインズ審議総長の声明。


・・・


 漆黒の虚空を覆い尽くすのは、幾重もの「怒りの矢(バーニングアロー)」の群れ。
 それはミューオン核の熱量兵器群が作り出す天空の帳だ。

 奈落の底のように遠い暗がりの上に無数に散らばる星々の煌めき。
 恐らく存在するだろう理論上の物質、ダークマター以外に何も存在し得ない真空の闇。
 第四惑星レッドスフィア——— その二つの衛星の更に、およそ五万キロメートル離れた軌道上を周回する直径約十五キロメートルの巨大なリング状建造物。

「二番目の人類」最初の活動拠点、レッドスフィア航宙要塞。
 私達を二分した勢力によって奪われた過去の住処。

 レッドスフィア航宙要塞からおよそ二十万キロずつ離れた五つの包囲点。
 先行して送り込まれた五隻のヴァンテアン級ミサイル艇が、同要塞を中心に円軌道を維持、毎分百二十発のミューオン核融合弾頭誘導ミサイルを浴びせ始める。

 第三航宙時間で約五十分間休み無く撃ち続けられる核ミサイル群。
 時速約四万九千キロメートルの超高速で飛翔し、約四時間後には着弾する前提で放たれている。
 ミサイル飽和攻撃開始後、三分も経たない内に〈奈落〉の自律型無人兵器が防御行動を開始、およそマッハ40で飛来するミサイル群を次々と撃破していく。

 それはおびただしい量の輝きの明滅。

 私達はその様子を本作戦旗艦トラントシス級一番艦だけに備えられた光学宇宙望遠鏡で、約三十分遅れで観測していることになる。
 核ミサイル迎撃を行う〈奈落〉の自律型無人兵器の押し負けが始まれば、私達の艦隊はクラウドスフィア航宙要塞から同じく超空間接続を開始。
 およそ五億二千万キロ先のレッドスフィア圏に転移、侵撃を開始するのだ。

「ケイ、ドキドキする」
『いよいよだね、エナ』

 専任槍士官(ランスマスター)専用に用意された「ヒト型の戦闘機」、ヴァリオギア・オンズ。
 その球体型コクピットの中、私は投影視界に浮かぶ情報窓のケイに目配せをする。
 その隣りの情報窓に表示されるのは本作戦の実行艦隊、その布陣である。
 ヴァンテアン級ミサイル艇が五隻
 トラントシス級機動戦艦が艦隊旗艦含む三隻。
 トラントサンク級強襲揚陸艦が十二隻
 ヴァントロア級高速突撃艇が二十隻。
 槍士兵徒(ランサラー)のヴァリオギア・ディスが三百八十機。
 そして私達、専任槍士官のヴァリオギア・オンズが六機。
 一万人に近い一級及び二級兵徒は本作戦に動員しないが、それでも私達の精鋭の大半を割いている。

 ここで〈奈落〉を下せなければ、また長きに渡り私達の母星への道は閉ざされるだろう。

『ボク達のミサイル飽和攻撃が競り勝てば、だけど』
「きっと、私達の力は彼らを超えるわ」

 無根拠な自信によって己れを鼓舞する私。
 すると、ミューオン核ミサイルの被迎撃状況を知らせる情報窓に、オペレーション・バーニングアローの開始を告げるカウントダウンの数字が現れた。
〈奈落〉の自律型無人兵器による核ミサイル迎撃が衰えを見せ始めたのである。
 私とケイが待機しソルも乗艦する艦隊旗艦のトラントシス級一番艦、順を追って他の航宙艦が目標座標に向け超空間接続の準備に入り始める。

 超空間接続(ハイパーコネクティヴ)——— 超重力による時空干渉によって擬似ワームホールを発生させ、空間と空間を文字通り「強引に接続」する。
 惑星ならびに恒星間の超長距離航行を可能とする重力制御技術の到達点である。
 だが、過度の超重力運用は時空の安定を損ない、時空災厄(アウターコンティニューム)が私達の時空への侵入が容易くなるため、大銀河文明連帯により厳しく制限されている。
 本作戦に許された超空間接続の使用はこの一回限り、次回許可が降りるのは第三航宙時間で三百十時間後。作戦が失敗すれば〈ジェネクト〉で「死に帰り」するしかない。
 また、当然のことながら〈奈落〉は大銀河文明連帯の制限を受けない。それは私達クラウドスフィアの人類が彼らに手を出せなかった理由の一つでもある。

 レッドスフィア航宙要塞を目指す核ミサイル群の迎撃包囲円が内側へと後退を始めたのは、飽和攻撃を開始してから約二十分後のことだ。
 その時点で私達の艦隊は超空間接続により目標座標に向けて転移。私達の観測は約三十分遅れとなるため、核ミサイル群は転移後にはほぼ撃ち尽くされた計算になる。
 艦隊が転移する座標は敵陣である航宙要塞からおよそ三千キロと目と鼻の先。私達は自ら放った核ミサイル群を背に侵撃を開始する形である。

〈奈落〉は核ミサイル迎撃に多くを割き、航宙要塞の防衛は手薄になっているはず。
 つまり、私達のミューオン核ミサイルによる飽和攻撃は陽動なのだ。

 航宙要塞の奪還に成功すれば、三時間十分後に飛来する核ミサイル群は着弾前に起爆する。
 失敗すれば、核ミサイル群によって完膚なきまでに航宙要塞を破壊する。
 彼ら〈奈落〉の自律型無人兵器が核ミサイル群に押し勝つ、つまり三万発の全弾が撃破されれば、本作戦は侵撃中止が選択されたのである。


・・・


 トラントシス艦首の超重力制御装置が生み出す巨大な光輪。
 その中心にぽっかりと現れた可視光の一〇〇%を吸収する暗黒の穴。
 時空を裂くことによって生成した擬似ワームホールだ。

 ワームホールを潜り抜けるのは一瞬、クラウドスフィア圏から凡そ五億二千万キロの距離を一気に転移し、私達の艦隊は超空間接続を完了する。
 待ち受けていたのは、赤枯れた惑星を背に真空の闇に浮かぶ巨大なリング状人為建造物。
 トラントシス級一番艦の光学宇宙望遠鏡がズームし、私達の艦隊全艦に詳細の映像を配信する。

『諸君、これが私達「二番目の人類」最初の故郷、レッドスフィア航宙要塞………』

 あ、ソルの声………

 作戦顧問のやや掠れながらも力強いアルトが私達のヘルメット型情報モジュールに届く。
 僅かに昂ぶっている様子が声の調子で分かる。
 無理もない、私達には初めてでもソルにとっては二百年ぶりの生まれ故郷なのだ。

 だが、直径こそ異なるもののクラウドスフィア航宙要塞とほぼ同型の建造物は、二百年の時を経てその姿を大きく変貌させていた。
 六層あったリングのうち二層が消え去り、彼方此方に歪な増改築の痕跡が見られる。
 ブリーフィングで見た資料とはまるで異なり、それと知らなければ同要塞と分からない。
 そして、人類の住処として在るべき営みの光が何処にも見えない。

「変ね、みんなお休みの時間? それともお留守?」
『まさか。ボク達の侵撃に備えて?』
「なに、まるで廃墟ね」
『もしかして、Évasion nocturne かな?』
「ケイ、何それ?」

 ケイが珍しく冗談を言い、私はそれに悠長に付き合う。
 調子こそ変わらないが、彼女の口数が増えるのは緊張をし始めている証拠だ。
 私は自身の心配をしていないが、彼女も自身の心配をしている訳ではない。

『旧人類の慣用句で「夜逃げ」のこと」
「んんん? ヨニゲが分からない………」
『皆が休んでいる時間にこっそり住まいを移すって意味らしい』
「へえ、じゃあ私達に恐れをなしたとか?」
『だったら楽でいいのだけれど………』

 私達が訝しんでいると、情報窓に〈奈落〉に新たな動きが映し出された。
 レッドスフィア航宙要塞中央の元宇宙港から、自律型無人兵器が大量に吐き出されている。
 テラテラと鈍く光るクロームシルバーのボディ。中枢機関らしき球状の本体より三倍長い楔型の爪のようなものが進行方向に向け均等に三枚ほど生えている。そして驚くほど速い。
 コンポジットスキャナが捉えたその姿は常にロール方向に猛烈に回転しており、有人機では考えられない複雑な機動(マニューバ)を見せる。

『怒りの矢は放たれた。此処からが我々の本番だ。兵徒諸君の健闘を期待している』

 次に情報モジュールに届いた声は作戦総指揮のアランだ。

 ソル、身体に障ったのかな……… ?

 私はソルを気に掛けつつ、もう一度全てのシステムを確認する。
 ポポポポッと電子音と共に投影視界に現れる全ての情報窓。
「ヒト型の戦闘機」ヴァリオギア・オンズに備わる六基の超重力制御装置(Gトロニック)
 対〈奈落〉主要武装プラズマガン、ならびに防御の要であるランスガン。
 ヴァリオギアの主要構造材、可変アロイのレスポンスも上々だ。

『エナ、護衛任務は納得した?』

 不意に三番艦を護衛するヨリから直接通信が入る。
 パートナーのリオルやケイには共有されない私的なものだ。

「ヨリ達を差し置いて一番艦を任されたんだから、文句は言えない」
『ふふ、またケイを困らせてるんじゃないかと思って』
「もうっ、ヨリってば」
『夫婦喧嘩は「犬」も食わぬ。旧人類の言語表現は豊かで興味深いわ』
「またしても、「いぬ」………」

 その言葉は先日「犬」を調べた時についでに覚えた。
 何気にヨリはお節介で、恐らく犬に託けて私に物申したいだけなのだろう。
 旧人類の社会的契約「結婚」を結んだ二人の俗的呼称の一つである「夫婦」。
 ヨリ達と違って、私とケイのパートナーシップに「特別」は付かない。
 情報窓の向こうで、ヨリとの会話が聞こえないケイが首を傾げている。
 私は小さな溜息を吐く。
 言葉の意味の通り、ほっといてくれればいいのに。

『ケイは心配性なんだから、言うことはちゃんと聞いてあげてね』
「はぁーい」

 私達の主な任務はトラントシス級三隻の護衛。各艦に一組ずつ専任槍士官(ランスマスター)が付く。
 艦隊がレッドスフィア航宙要塞に取り付けば私達の出番は終わりだ。
 私達のヴァリオギア・オンズは艦隊中屈指の打撃力を誇るが、相手は私達と同じ「二番目の人類」。不測の事態に備えて温存策が採られている。
 その扱いに不満がないと言えば嘘になるが。

『エナ、普段と勝手が違うけど、無茶はしないでね』

 ミッション前にいつもケイが私に言う「無茶」。
 負傷にはナノマシンによる痛覚カット、四肢欠損には高性能な義肢、死すればクローン素体のスペア〈ジェネクト〉がある「不死」の私達であるにも関わらず。
 それは言葉通りの意味で、シズとの苦い経験に由来するのは間違いないだろう。
 ケイに悪気がある訳ではないが、私はシズを意識せざるを得ない。

「ケイ、〈ジェネクト〉未経験のプライドを終わらせたくないもの。分かってる」

 この時ばかりは声を硬くして強がりで返す。
 専任槍士官は一万人の兵徒の中、たった十六人の選りすぐりだ。
 決して手を抜くつもりはない。

 トラントサンク級の格納ゲートから次々と飛び立つ槍士兵徒達のヴァリオギア・ディス。
 旧人類の神話に登場する力天使(ヴァーチュ)のように美しい「ヒト型の戦闘機」。
 そして、各トラントシス級機動戦艦のカタパルトから放たれる私達。
 専任槍士官のヴァリオギア・オンズが猛禽類に似た巨大な推進翼を広げる。

 超重力制御装置が生む六つの光輪、漆黒の天空を翔ける私達の(ちから)
 ガンメタリックの鎧を纏う金属の主天使(ドミニオン)

 レッドスフィアの人類〈奈落〉と対峙する私達、クラウドスフィアの人類。
 たった今、「二番目の人類」同士の戦いが始まった。
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