6 One girl’s battle
文字数 5,275文字
6〈エナ〉One girl's battle
人の気配が全く感じられない薄暗い居住区のど真ん中、墜落後四時間が経過した。
私はお喋りに疲れてタクの隣で横になっていた。そして思い出すのがケイのこと。
〈ジェネクト〉が起動していないので、私の生存はケイ達も把握しているはずである。
まさか、あのケイが撃破されたとは考え難い。
プレート型情報端末を開いたものの、相変わらずジャミングが酷くて戦況が拾えない。
今居るこの場所は墜落してから何も変化は起きてないので、奪還作戦は終了し、ミューオン核ミサイルは着弾前に起爆させられているはず。
〈奈落〉の自律型無人兵器群が、あの後に全ての核ミサイルを撃破するなどあり得ないだろう。
ケイはきっと私を心配している。
でもそれは、専任槍士官 のパートナーとしてだろうか。
ケイの声、ケイの身体、ケイの匂いを思い出して切なくなった私。
無意識に義肢の左脚に手を伸ばすが、タクにコネクタ弄りと誤解されるので引っ込めた。
そして私はある気晴らしを思いつき、身体を起こして傍らのタクに声を掛ける。
「ねえ、タク。これ、どっちが可愛い?」
私は情報端末をタクに向け、二人分の個人登録ホログラムを呼び出した。
〈髪がショートで、赤くない。むかしのエナ?……… って僕、捕虜だよね?〉
「いいから、どっち?」
〈赤くない方〉
「………」
二つのホログラム、一方はもちろん私だが、もう一方はシズだ。
撫で肩の華奢な身体付き、他の素体より少しだけ広がったおでこ。
同じf071のクローン素体の特徴である。
要するに、真っ赤に染めて伸ばした髪以外、私はシズと瓜二つなのだ。
気を利かせて貰っても意味がない質問だが、一切の躊躇も見せなかったタクが腹立たしい。
聞くんじゃなかった——— 私は小さな溜息を吐き、デザイン頭蓋骨に背を向けた。
〈エナ、なにを怒ってるの?〉
「知らない」
〈僕、なにか変こと言ったかな?〉
「もうっ、知・ら・な・い」
と、その時。
低く鈍い重低音の断続が今、私が身体を横にしている地を震わせる。
そして、巨大な質量を伴う硬質な物体同士が打ち合う音。
その轟音はまるで、旧人類の地上世界で起こる現象「雷鳴」のよう。
〈ああ、やっとか。随分遅かったな〉
「な、なに? タク?」
タクは電子の視線を遠い虚空に向け、ぼそりと呟く。
〈エナ。実は「囮」は僕だけじゃなかったんだ〉
私は身体を起こし、タクの方を見る。
タクは私に視線を移し、ゆっくりと言葉を続けた。
〈宇宙港に隠していた僕達の大型航宙艦、その超重力制御装置を君達の侵撃に併せて暴走 させていたんだ〉
「えっ、それってつまり?」
〈超空間接続 現象を強引に引き伸ばして、時空断裂状態を約三秒作る〉
「ま、まさか………」
それが一体何を意味するのか、察した私は言葉を失う。
タクの顔には無論表情は見えない。
〈そう、そのまさか。たった三秒じゃレベル2にも届かないけど、時空災厄 にも暴れ回ってもらう予定だったのさ〉
「はああああああああっっっ、な、な、な、なんでそんなことっ!」
人類、そして大銀河にとって忌まわしき存在、時空災厄を自らの意思呼び込む——— 私達の常識を遥かに超える彼ら〈奈落〉の所業には驚愕するしかない。
私はデザイン頭蓋骨のタクを小脇に抱え、屈んだオンズの背中に駆け上がる。そしてプレート型情報端末を双眼鏡モードに切り替え、目の前にかざした。
恐らく五キロほど先だろうか。居住区の大地を突き抜け、一対の蛇のように巨大な胴体をくねらせる〈彼ら〉時空災厄の姿が見える。
私達の時空で実体化したばかり、体表面は半透明の乳白色。随所に蒸気のような煙を吹いていて、時空災厄の特徴である青白い発光も弱々しい。
だが、全長は見えている範囲だけでも二百メートルを超えているだろう。
チューブ状の巨大な胴体を振り回す度、周囲の建造物が次々となぎ倒されていく。
普段相手にしている個体に比べれば質量は遥かに小さいが、居住区の比較物があるためにそれでも巨大に見える。
タクは心なし声質を下げ、精一杯申し訳なさそうに呟いた。
〈ごめん、エナ。せっかく打ち解けたのに〉
「ああんもうっ! 暫く黙っててっ!」
私はバックパックの中身を全てぶち撒けて空にし、タクをその中に詰め込む。
そして再びヴァリオギア・オンズのエアロックを開けた。
フラックコートを脱ぎ捨てて、ヘルメット型情報モジュールを被り直す。
演算思考体の通信アシストが受けられない今なら、スキャンスーツは着なくても問題はない。下着姿にヘルメットは珍妙と言う他ないが、今はそれどころではないのだ。
コクピットを満たしているニューラルジェルに、頭の天辺までどっぷりと浸かる。タクのケーブルは外せないのでバックパックも一緒だ。
ヴン……… と小さな音を立て、目の前一面を覆うホログラムの投影視界。
吸入音に似た小さな音が途切れると同時に、ヴァリオギアの可変アロイが目を醒ます。
ポポポポッと軽い電子音に併せ、投影視界に次々と現れる情報窓は現在のオンズの状況、そして被弾した超重力制御装置 のアラートだ。
私は背面の重力制御の翼を全てパージし、オンズを脚で立ち上がらせた。
急を要さない情報窓を閉じ、現在の装備状況を表示する情報窓を探す。
プラズマガンは時空災厄には効かない。ランスガンの超重力圧縮弾 は対〈奈落〉戦を想定していたため予備弾倉がなく、銃槍本体に装填された八発しかない。
時空災厄は、この広い居住区域に存在する私とタクを必ず探知するだろう。
逃げ隠れてやり過ごす選択肢はないのである。
一人でやれる?……… と私は奥歯を噛み締める。
生物で言えば目前の時空災厄は産まれたての「幼体」である。
体組成が安定せず、まだ時空歪曲防壁 が張れない今なら大した脅威ではない。だが、こちらも装備が乏しく超重力制御装置もないのだ。
考えても仕方がない。私は遮蔽物を探しながらヴァリオギア・オンズを走らせる。
ヴァリオギアの主要構造材である可変アロイは、単なるアクチュエーターの代替物ではない。形状可変による伸縮が生む強大なトルクは、力強く「ヒト型の戦闘機」の巨躯を押し出した。
私の存在に気付いた時空災厄は、その二本の胴体のうち一方を振り向ける。
轟音と共に居住区を破壊しながら突き進む巨大な〈彼ら〉。
建造物は主に樹脂構造材で造られているが、二百年の時間が生んだ埃を濛々と吹き上げる。
よく「蛇」に例えられる時空災厄だが、真正面から見た〈彼ら〉に口らしきものはない。
先端に黒々と見えるのは、ぽっかりと真円に空いた穴だ。
内側は掘削機のように奥に向いた鋭い「歯」がびっしりと並び、飲み込まれてしまえばヴァリオギアとて一溜まりもない。
今、目の当たりにしている〈彼ら〉の径は十メートルぐらいだろうか。
私は急接近する時空災厄の「頭」を躱し、私はオンズを上方へ高く跳躍させる。
その禍々しい乳白色の胴体に向け、超重力圧縮弾一発目のトリガーを引く。
バツンッ——— 瞬時にして一定範囲の空間を超重力で圧縮。
対時空災厄用兵器が、先端からおよそ五十メートル辺りで〈彼ら〉を切断した。
「よしっ、行けるわ」
オンズを着地させ、また〈彼ら〉が出現した根元に向けて駆けさせる。
航宙要塞居住区の1G重力を受け、オンズは今までに聞いたことがない軋み音を上げる。また、想像以上に慣性力による姿勢変化が大きい。
時空災厄は分断されると状態把握のため、一定時間だけ動きが止まる。だが、相対する〈彼ら〉は質量が大きくないため、停止時間は一瞬で終わった。
「ちっ」
私の舌打ちと同時に放たれたのは、〈彼ら〉の遠隔攻撃手段、攻性プローブだ。
長く鋭く伸びる触手が、まるで鞭のように私の機体に襲いかかる。
私はオンズを側転させるかのように、横っ飛びで跳躍。
無数の攻性プローブの矢を躱し、二発目の超重力圧縮弾を発砲する。
周囲を照らすマズルフラッシュ、と同時に再び時空災厄の身体を引き千切った。
そしてさらに跳躍、三発目、四発目と二本目の〈彼ら〉に超重力圧縮弾を命中させ、少しづつ時空災厄を切断して胴体を短くしていく。
時空連続体外存在、アウターコンティニューム。又の名を時空災厄は自らより大質量の存在には抵抗しない。その特性は〈彼ら〉自身の行動目的に由来する。
それは私達の時空の外の存在が、時空断層から内側に漏れ入って実体化したもの。
元居た時空に戻ること叶わず、やむ得ず私達の時空で逸れてしまった〈彼ら〉の本体、主人 の代わりを探しているのだ。
だが〈彼ら〉の意思疎通 手段は摂取融合、つまり「相手を食べる」しかなく、結果として大銀河全体の脅威となっている。
私達「二番目の人類」に課された使命が、時空災厄の解体にあるのはそのためだ。
機体の後ろを映す情報窓には、本体から切り離された時空災厄の断片が映っている。
無秩序に跳ね回ることしかできなくなった〈彼ら〉は、もはや脅威ではない。
取り敢えずブツ切りにすれば、時間稼ぎになるはず………
私は住宅らしき建造物を足場に、四度目の跳躍をして五発目の超重力圧縮弾を放つ。
だが、目の前の〈彼ら〉は急激に姿が揺らぎ始め、五発目のそれは着弾せずに他方へ逸れた。
私達の時空に適応が進み、時空歪曲防壁の生成が可能になったのだ。
ぬらりと発光する乳白色の体表が、根元から徐々に青い光に染まっていく。
「ああんっ、ラッキーステージはもう終わりっ?!」
〈彼ら〉が時空歪曲防壁を張れるようになった以上、接近して超重力収束点を探し、ランスガンで防壁破りをしなければ超重力圧縮弾は届かない。
私はオンズを着地させ前転、態勢を立て直すと再び攻勢プローブの雨が後を追う。
後方に跳躍して距離を取ると、先に着地した大地を突き破り、三本目の〈彼ら〉が現れた。
これは不味い………
そう思った瞬間、一本の攻性プローブがヴァリオギア・オンズの右脚を切断した。
着地の姿勢を崩し、転倒して建造物を押し潰す機体。大音量の崩壊音。
遠くに飛ばされ、二回三回とバウンドするランスガン。
両腕を使ってオンズの上体を起こすと、更に四本目の〈彼ら〉が現れる。
まるで意思を持つかのように禍々しく生える攻性プローブ、その一部が私に向く。
ここまで、か。
ふと、私は自身の左脚を失ったミッションを思い出した。
一級兵徒時代、当時から腕に自信があった私はスタンドプレーが過ぎ、今と同じようにヴァリオギアを大破させ戦闘継続が困難になった。
そして、二撃目の喰らう寸前の私を救ったのが、同じく一級兵徒時代のケイだったのである。
私達は過酷な使命に対して、〈ジェネクト〉の他にも様々な救済処置が用意されている。つまり、戦闘不能に陥った僚機は見捨てるのが通例なのだ。
以来、私がケイに特別な想いを寄せているのも、〈ジェネクト〉未経験に強い拘りを持っているのも、実はその出来事に起因している。
過去にケイが似た状況でシズを救ったと知ったのは、同時期に槍士兵徒 に昇格した私と彼女がパートナーシップを結び、例のマスクの経緯を尋ねた時のこと。
ケイは私にシズを重ねている。奇しくも素体もf071と同じ。
それ以外、一体どんな理由があると言うのか。
はあ、とヘルメット型情報モジュールの中で溜息を吐く。
ああ、とうとう私も〈ジェネクト〉か………
何故、ケイが無理にでもシズや私を救おうと思ったのか。
未だその理由を尋ねていない。
いや待て。
私がここで死ねば、その理由を尋ねる私は本当に私なのか。
ソルやタクが口にする「個人の連続性」とは………
一瞬の回想に浸ったその時、オンズの肩部に硬い金属音同士が打ち合う音。
動くはずがない投影視界の映像が、勢い良く上下にブレる。
機体が転倒した、先まで私が居た場所に突き刺さる幾本もの攻性プローブ。
そして、外部から微かに聞こえるパルス矩形の重低音。
え?……… オンズが後ろに引き摺られている?
『遅くなってすまなかったね、エナ』
情報モジュールが伝える音声の主——— ソルだ。
そして、私と時空災厄の間に割って入るケイの黒いヴァリオギア・オンズ。
投影視界の上方を向くと、そこには宇宙港で見たナイフのような美しい機体。
ソルのタイタニアム7が私の機体にワイヤーアンカーを繋ぎ、後方に牽引しているのである。
続いてもう一機、リオルのヴァリオギアも加勢に入った。
時空歪曲防壁が破られ、超重力圧縮弾の集中砲火により瞬く間に解体されていく〈彼ら〉。次々と切り離されたブツ切りの断片が、無人の居住区に転がっていく。
専任槍士官エース級の二人の前では一溜まりもないだろう。
「え、え? ど、どうしてソル?」
『道案内だよ、我々の地図は大して役に立たないからね』
そして、私が一番待ち侘びた声。
投影視界に映る個別識別コード、KEI9218f087。
『エナ、ここはボク達に任せて』
「ケイっ!」
人の気配が全く感じられない薄暗い居住区のど真ん中、墜落後四時間が経過した。
私はお喋りに疲れてタクの隣で横になっていた。そして思い出すのがケイのこと。
〈ジェネクト〉が起動していないので、私の生存はケイ達も把握しているはずである。
まさか、あのケイが撃破されたとは考え難い。
プレート型情報端末を開いたものの、相変わらずジャミングが酷くて戦況が拾えない。
今居るこの場所は墜落してから何も変化は起きてないので、奪還作戦は終了し、ミューオン核ミサイルは着弾前に起爆させられているはず。
〈奈落〉の自律型無人兵器群が、あの後に全ての核ミサイルを撃破するなどあり得ないだろう。
ケイはきっと私を心配している。
でもそれは、
ケイの声、ケイの身体、ケイの匂いを思い出して切なくなった私。
無意識に義肢の左脚に手を伸ばすが、タクにコネクタ弄りと誤解されるので引っ込めた。
そして私はある気晴らしを思いつき、身体を起こして傍らのタクに声を掛ける。
「ねえ、タク。これ、どっちが可愛い?」
私は情報端末をタクに向け、二人分の個人登録ホログラムを呼び出した。
〈髪がショートで、赤くない。むかしのエナ?……… って僕、捕虜だよね?〉
「いいから、どっち?」
〈赤くない方〉
「………」
二つのホログラム、一方はもちろん私だが、もう一方はシズだ。
撫で肩の華奢な身体付き、他の素体より少しだけ広がったおでこ。
同じf071のクローン素体の特徴である。
要するに、真っ赤に染めて伸ばした髪以外、私はシズと瓜二つなのだ。
気を利かせて貰っても意味がない質問だが、一切の躊躇も見せなかったタクが腹立たしい。
聞くんじゃなかった——— 私は小さな溜息を吐き、デザイン頭蓋骨に背を向けた。
〈エナ、なにを怒ってるの?〉
「知らない」
〈僕、なにか変こと言ったかな?〉
「もうっ、知・ら・な・い」
と、その時。
低く鈍い重低音の断続が今、私が身体を横にしている地を震わせる。
そして、巨大な質量を伴う硬質な物体同士が打ち合う音。
その轟音はまるで、旧人類の地上世界で起こる現象「雷鳴」のよう。
〈ああ、やっとか。随分遅かったな〉
「な、なに? タク?」
タクは電子の視線を遠い虚空に向け、ぼそりと呟く。
〈エナ。実は「囮」は僕だけじゃなかったんだ〉
私は身体を起こし、タクの方を見る。
タクは私に視線を移し、ゆっくりと言葉を続けた。
〈宇宙港に隠していた僕達の大型航宙艦、その超重力制御装置を君達の侵撃に併せて
「えっ、それってつまり?」
〈
「ま、まさか………」
それが一体何を意味するのか、察した私は言葉を失う。
タクの顔には無論表情は見えない。
〈そう、そのまさか。たった三秒じゃレベル2にも届かないけど、
「はああああああああっっっ、な、な、な、なんでそんなことっ!」
人類、そして大銀河にとって忌まわしき存在、時空災厄を自らの意思呼び込む——— 私達の常識を遥かに超える彼ら〈奈落〉の所業には驚愕するしかない。
私はデザイン頭蓋骨のタクを小脇に抱え、屈んだオンズの背中に駆け上がる。そしてプレート型情報端末を双眼鏡モードに切り替え、目の前にかざした。
恐らく五キロほど先だろうか。居住区の大地を突き抜け、一対の蛇のように巨大な胴体をくねらせる〈彼ら〉時空災厄の姿が見える。
私達の時空で実体化したばかり、体表面は半透明の乳白色。随所に蒸気のような煙を吹いていて、時空災厄の特徴である青白い発光も弱々しい。
だが、全長は見えている範囲だけでも二百メートルを超えているだろう。
チューブ状の巨大な胴体を振り回す度、周囲の建造物が次々となぎ倒されていく。
普段相手にしている個体に比べれば質量は遥かに小さいが、居住区の比較物があるためにそれでも巨大に見える。
タクは心なし声質を下げ、精一杯申し訳なさそうに呟いた。
〈ごめん、エナ。せっかく打ち解けたのに〉
「ああんもうっ! 暫く黙っててっ!」
私はバックパックの中身を全てぶち撒けて空にし、タクをその中に詰め込む。
そして再びヴァリオギア・オンズのエアロックを開けた。
フラックコートを脱ぎ捨てて、ヘルメット型情報モジュールを被り直す。
演算思考体の通信アシストが受けられない今なら、スキャンスーツは着なくても問題はない。下着姿にヘルメットは珍妙と言う他ないが、今はそれどころではないのだ。
コクピットを満たしているニューラルジェルに、頭の天辺までどっぷりと浸かる。タクのケーブルは外せないのでバックパックも一緒だ。
ヴン……… と小さな音を立て、目の前一面を覆うホログラムの投影視界。
吸入音に似た小さな音が途切れると同時に、ヴァリオギアの可変アロイが目を醒ます。
ポポポポッと軽い電子音に併せ、投影視界に次々と現れる情報窓は現在のオンズの状況、そして被弾した
私は背面の重力制御の翼を全てパージし、オンズを脚で立ち上がらせた。
急を要さない情報窓を閉じ、現在の装備状況を表示する情報窓を探す。
プラズマガンは時空災厄には効かない。ランスガンの
時空災厄は、この広い居住区域に存在する私とタクを必ず探知するだろう。
逃げ隠れてやり過ごす選択肢はないのである。
一人でやれる?……… と私は奥歯を噛み締める。
生物で言えば目前の時空災厄は産まれたての「幼体」である。
体組成が安定せず、まだ
考えても仕方がない。私は遮蔽物を探しながらヴァリオギア・オンズを走らせる。
ヴァリオギアの主要構造材である可変アロイは、単なるアクチュエーターの代替物ではない。形状可変による伸縮が生む強大なトルクは、力強く「ヒト型の戦闘機」の巨躯を押し出した。
私の存在に気付いた時空災厄は、その二本の胴体のうち一方を振り向ける。
轟音と共に居住区を破壊しながら突き進む巨大な〈彼ら〉。
建造物は主に樹脂構造材で造られているが、二百年の時間が生んだ埃を濛々と吹き上げる。
よく「蛇」に例えられる時空災厄だが、真正面から見た〈彼ら〉に口らしきものはない。
先端に黒々と見えるのは、ぽっかりと真円に空いた穴だ。
内側は掘削機のように奥に向いた鋭い「歯」がびっしりと並び、飲み込まれてしまえばヴァリオギアとて一溜まりもない。
今、目の当たりにしている〈彼ら〉の径は十メートルぐらいだろうか。
私は急接近する時空災厄の「頭」を躱し、私はオンズを上方へ高く跳躍させる。
その禍々しい乳白色の胴体に向け、超重力圧縮弾一発目のトリガーを引く。
バツンッ——— 瞬時にして一定範囲の空間を超重力で圧縮。
対時空災厄用兵器が、先端からおよそ五十メートル辺りで〈彼ら〉を切断した。
「よしっ、行けるわ」
オンズを着地させ、また〈彼ら〉が出現した根元に向けて駆けさせる。
航宙要塞居住区の1G重力を受け、オンズは今までに聞いたことがない軋み音を上げる。また、想像以上に慣性力による姿勢変化が大きい。
時空災厄は分断されると状態把握のため、一定時間だけ動きが止まる。だが、相対する〈彼ら〉は質量が大きくないため、停止時間は一瞬で終わった。
「ちっ」
私の舌打ちと同時に放たれたのは、〈彼ら〉の遠隔攻撃手段、攻性プローブだ。
長く鋭く伸びる触手が、まるで鞭のように私の機体に襲いかかる。
私はオンズを側転させるかのように、横っ飛びで跳躍。
無数の攻性プローブの矢を躱し、二発目の超重力圧縮弾を発砲する。
周囲を照らすマズルフラッシュ、と同時に再び時空災厄の身体を引き千切った。
そしてさらに跳躍、三発目、四発目と二本目の〈彼ら〉に超重力圧縮弾を命中させ、少しづつ時空災厄を切断して胴体を短くしていく。
時空連続体外存在、アウターコンティニューム。又の名を時空災厄は自らより大質量の存在には抵抗しない。その特性は〈彼ら〉自身の行動目的に由来する。
それは私達の時空の外の存在が、時空断層から内側に漏れ入って実体化したもの。
元居た時空に戻ること叶わず、やむ得ず私達の時空で逸れてしまった〈彼ら〉の本体、
だが〈彼ら〉の
私達「二番目の人類」に課された使命が、時空災厄の解体にあるのはそのためだ。
機体の後ろを映す情報窓には、本体から切り離された時空災厄の断片が映っている。
無秩序に跳ね回ることしかできなくなった〈彼ら〉は、もはや脅威ではない。
取り敢えずブツ切りにすれば、時間稼ぎになるはず………
私は住宅らしき建造物を足場に、四度目の跳躍をして五発目の超重力圧縮弾を放つ。
だが、目の前の〈彼ら〉は急激に姿が揺らぎ始め、五発目のそれは着弾せずに他方へ逸れた。
私達の時空に適応が進み、時空歪曲防壁の生成が可能になったのだ。
ぬらりと発光する乳白色の体表が、根元から徐々に青い光に染まっていく。
「ああんっ、ラッキーステージはもう終わりっ?!」
〈彼ら〉が時空歪曲防壁を張れるようになった以上、接近して超重力収束点を探し、ランスガンで防壁破りをしなければ超重力圧縮弾は届かない。
私はオンズを着地させ前転、態勢を立て直すと再び攻勢プローブの雨が後を追う。
後方に跳躍して距離を取ると、先に着地した大地を突き破り、三本目の〈彼ら〉が現れた。
これは不味い………
そう思った瞬間、一本の攻性プローブがヴァリオギア・オンズの右脚を切断した。
着地の姿勢を崩し、転倒して建造物を押し潰す機体。大音量の崩壊音。
遠くに飛ばされ、二回三回とバウンドするランスガン。
両腕を使ってオンズの上体を起こすと、更に四本目の〈彼ら〉が現れる。
まるで意思を持つかのように禍々しく生える攻性プローブ、その一部が私に向く。
ここまで、か。
ふと、私は自身の左脚を失ったミッションを思い出した。
一級兵徒時代、当時から腕に自信があった私はスタンドプレーが過ぎ、今と同じようにヴァリオギアを大破させ戦闘継続が困難になった。
そして、二撃目の喰らう寸前の私を救ったのが、同じく一級兵徒時代のケイだったのである。
私達は過酷な使命に対して、〈ジェネクト〉の他にも様々な救済処置が用意されている。つまり、戦闘不能に陥った僚機は見捨てるのが通例なのだ。
以来、私がケイに特別な想いを寄せているのも、〈ジェネクト〉未経験に強い拘りを持っているのも、実はその出来事に起因している。
過去にケイが似た状況でシズを救ったと知ったのは、同時期に
ケイは私にシズを重ねている。奇しくも素体もf071と同じ。
それ以外、一体どんな理由があると言うのか。
はあ、とヘルメット型情報モジュールの中で溜息を吐く。
ああ、とうとう私も〈ジェネクト〉か………
何故、ケイが無理にでもシズや私を救おうと思ったのか。
未だその理由を尋ねていない。
いや待て。
私がここで死ねば、その理由を尋ねる私は本当に私なのか。
ソルやタクが口にする「個人の連続性」とは………
一瞬の回想に浸ったその時、オンズの肩部に硬い金属音同士が打ち合う音。
動くはずがない投影視界の映像が、勢い良く上下にブレる。
機体が転倒した、先まで私が居た場所に突き刺さる幾本もの攻性プローブ。
そして、外部から微かに聞こえるパルス矩形の重低音。
え?……… オンズが後ろに引き摺られている?
『遅くなってすまなかったね、エナ』
情報モジュールが伝える音声の主——— ソルだ。
そして、私と時空災厄の間に割って入るケイの黒いヴァリオギア・オンズ。
投影視界の上方を向くと、そこには宇宙港で見たナイフのような美しい機体。
ソルのタイタニアム7が私の機体にワイヤーアンカーを繋ぎ、後方に牽引しているのである。
続いてもう一機、リオルのヴァリオギアも加勢に入った。
時空歪曲防壁が破られ、超重力圧縮弾の集中砲火により瞬く間に解体されていく〈彼ら〉。次々と切り離されたブツ切りの断片が、無人の居住区に転がっていく。
専任槍士官エース級の二人の前では一溜まりもないだろう。
「え、え? ど、どうしてソル?」
『道案内だよ、我々の地図は大して役に立たないからね』
そして、私が一番待ち侘びた声。
投影視界に映る個別識別コード、KEI9218f087。
『エナ、ここはボク達に任せて』
「ケイっ!」