四年前──独りきりの社

文字数 1,509文字

白髪を揺らしながら、哉巳(かなみ)は歩く。その半歩後ろをさくらが行儀良く姿勢を正したままついて行く。
幼い頃に妖にかけられた呪いを解く為、哉巳は各地を巡り、神社へ赴き、解くことの出来る神を探していた。一年前に訪れた神社で、回り縁に座っていたさくらを妖と勘違いし、刀を振るった。しかしその刃はさくらの首筋でぴたりと止まり、やがて折れたのは刀の方だった。さくら曰く、それで自分にかかっていた封印が解けたらしい。封印のおかげで飲まず食わずで生きられていたが、それが解けたことにより行き場のなくなったさくらは、哉巳へついて行くと言ったのだった。自分にも責任の一端があると考えた哉巳はそれを断らなかった。さくらは、折れた刀の詫びだと、社から一振りの刀を持ち出し、哉巳に渡した。ひとりで巡る神社の旅は、いつの間にやら賑やかなものになっていた。
「可笑しいなあ、この近くだと聞いたが」
村の人に教えられた道順通りに森へ入った哉巳は、歩けど歩けど見えぬ神社に首を傾げた。足を止めた哉巳の腕の裾を、さくらがくいと引いた。どうしたと振り向いた哉巳を見て、桜色の着物を揺らし、さくらは立っている横を指さした。
「兄様、あそこに御座いましょう」
暫く目を凝らすと、確かに、さくらの指の先に、くすんだ藍色の柱と苔の生えた狛犬が見えた。
「そうだな、行こう」
歩きにくそうにするさくらを抱え上げ、哉巳は草を踏み分け神社へ向かった。
そこは酷く寂れていて、元々本殿と参道しかない小さなものだったのだろう、それすらも草に覆われ、それと言われなければ分からぬものとなっていた。
所々欠けた賽銭箱の前に、枯れ木のような老人が座り込んでいた。
「兄様、もう大丈夫です」
比較的整った場所にさくらを降ろし、哉巳はその老人の方へ歩いた。
「御老人、この神社の関係者で在られるか」
老人は目を丸くした。
「この神社に、神様はまだ居らっしゃるか」
「兄様」
いつの間にやら後ろに居たさくらが、哉巳の裾を引いた。
「この御方こそ、神様に在られます」
哉巳が暫く、停止した。

「まさか、人間に間違えられるとはねえ」
のんびりと笑う老人に、哉巳は気まずそうに目を逸らす。
「あんたさんは、難儀なもんから逃げちまったんだねえ。来てくれたのに悪いんだがな、わたしにゃあ、それはどうしようもない」
「そうですか……」
老人は、申し訳なさそうに眉を下げた。
「ここのようなちんまい神社じゃあ駄目だろうよ。あんたさんのそれは、並の神にゃあ治せんもんだ」
哉巳は、自分に呪いがかかった元凶と、その出来事を思い出して、苦々しげに口を歪めた。
筆舌に尽くし難い、酷く、酷く恐ろしい思い出だ。
「……そこな神子様や」
老人は、さくらに向かい言った。自分が呼ばれたとは思わず、さくらは一拍遅れて不思議そうに老人を見た。
老人は口を開き何かを言いかけ、思い直したように閉じた。暫くの間沈黙が続き、老人の口がまた、開かれた。
「……人として、望むように生きなされ。誰に強いられようと、好きなように」
口を真一文字に結んだまま、さくらはじっと老人を見つめた。老人はその視線を受け止め、柔らかくにっこりと笑った。

「……神子」
小さな呟きに、前を歩く哉巳が振り向いた。
「何か言ったか、さくら」
さくらはかぶりを振った。そして暫く俯き、言った。
「兄様、ひとつ我儘を申しても宜しいでしょうか」
「ああ」
「お手を繋がせて頂いても、宜しいでしょうか」
哉巳は少し驚き、頷いて、手を差し出した。その掌に、さくらの小さな手が重なる。
哉巳は、ひと回りも大きさの違う温かな手を握って、ゆっくりと歩いた。
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