四年前──呪縛の楔

文字数 873文字

鼻歌を歌いながら、ひとりの男性が歩いている。色の抜けたような可笑しな髪を揺らし、顔には微笑みを浮かべている。その肩に、するりと猫が飛び乗った。
「また貴様、勝手なことをしたな」
藍色の毛並みの猫の口から、流暢な言葉が放たれた。しかし、男はさして驚いた風もなく、平静に答える。
「良いじゃないか。幾らその為に生き返ったとはいえ、百年も刀を打ち続けているだけでは狂ってしまう」
「二百五十七年だ、愚か者」
猫はわざとらしく溜息をついた。
「貴様はもう少し自分の打つ刀の価値を知るべきだ。そうほいほいとばら撒かられてはこちらも困る」
「分かってるよ、僕が打ってるんだから」
もう一度、猫は大きく息をついた。
するりと、男の首に人の手が伸びる。
「巫山戯たことばかり言っていると、その首、落とすぞ」
いつ間にか猫は姿を人に変えていた。藍色の髪は毛並みのままに、男とも女とも分からない風貌と空虚に見える瞳、感情の一切が抜けた顔は、人でないことを察するには十分過ぎた。
「ああ、怖い怖い」
おどけたように男は両手を挙げる。諦めたように、首にかけられていた手が離れる。
「貴様の監視が役割だが、その限りではないことを忘れるな」
「はいはい」
ふん、と鼻を鳴らし、また姿を猫に戻した。すたすたと男の先を歩いていってしまった。
ぽつりと、男が言った。
「あの刀は、君らが持っていても意味が無いからね」
猫は首だけを振り向かせて、言った。
「言い訳か?聞いてやってもいい」
「厳しいなあ」
男は肩を竦めた。
「心無い君らじゃ無意味なのさ。愚かで愛しい、人間じゃなきゃね」
「そんなものを生み出すこと自体が間違いだ」
それだけ言うと、猫はふっと姿を消した。
男は笑みを濃くし、喉の奥で呟いた。
「別に僕だって、望んでやってるわけじゃないんだけどね」
まあいい、どうせ何処かで聞いているのだろう。自分に刀を打ち続けさせる神の使い、監視役、兼、始末役。
この世唯一の妖刀鍛冶、安良(やすら)木討(きうち)
空を仰いで欠伸をひとつ、眠そうに目を擦りながら、また歩き出した。
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