十二年前──旅路未だ中途

文字数 1,031文字

「──さて、これでやっと五本か。一年で、五本。良い調子じゃないか」
師匠は上機嫌にそう言った。
もう一年になるのか、僕があの神社に行ってから。あの巫女に連れられて師匠に会った、あの日。
──ごめんねえ、怖かったでしょう。あの子たち、驚かさないでとは言ったんだけどねえ。
不意に現れた師匠は、女の人なのに髪を短く切り込んでいて、男の人のような袴を着ていた。
小さな背負子を渡されて、その日のうちに僕らは旅に出た。
色々な場所を巡った。遠いところまで、時には森の中みたいな、人の居ない場所へも行った。師匠は怖がる僕を慰めてくれたり、落ち着くまで一緒に居てくれたり、優しい人だった。時には襲われたりもしたけど、師匠は刀だけじゃなくて体術も強くて、直ぐに倒してしまった。僕も刀の扱いを教えて貰った。
師匠は、僕の天命は不思議な刀を集めることだと言った。木討(きうち)という名前の刀鍛冶が居る。そいつは神様に頼まれて妖刀って変な力を持つ刀を打っているのだ、と。それを集めるのがお前の役目だ。
でも、僕にそれを頼んだのも神様じゃないか、と言うと、師匠は片眉を上げて、神だってひとりじゃない、と言った。
「師匠は、どうしてひとりで刀集めをしないの?」
「私は別に、お前みたいに天命を授かったって訳じゃないからなあ。普通の刀と妖刀の見分けなぞつかない」
「じゃあ、なんで、刀があるのはこの方向だ、って思うの?」
「勘」
ええ、と僕は不満げな声を洩らした。その勘が、殆ど当たっているのだから凄い。
んー、と言いながら、師匠が空を仰いだ。
「そろそろ帰るか」
「あの宿屋?追い出されちゃったよ」
安良(やすら)神社だよ」
「安良神社?」
僕の頭に疑問符が浮かぶ。今まで巡った中で、そんな名前の場所があっただろうか。
「覚えてないのか?一番最初、お前と会った辺りの神社」
あっ、と僕は思わず声を上げた。
「如何して戻るの?」
「刀も集まってきたからね。流石に邪魔だ」
師匠が身体を揺らすと、肩にかけられた、御札の貼られた五振りの刀が、がしゃんと鳴った。
前に見たように、あの神像にこの刀を刺すんだろう。
「集めるだけじゃあ駄目だ。ちゃんと、返してやるんだよ」
「神様に?」
「そう、神様に」
くしゃくしゃと、師匠は乱暴に僕の髪を掻き回した。
「帰ろう、佳賀(よすが)
そう言って、師匠に歯を見せて笑った。
今まで見てきたどの笑顔よりも真っ直ぐできらきらした、この笑顔が好きだった。
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