昔話──未来夢想

文字数 759文字

親に売られた。大金だけれど、人の命には軽すぎる値で。
唯一、唯一自分のことを思ってくれていると思っていた。誰もに排斥されたとしても、親だけは自分を必要としてくれていると。
乳飲み子を抱いて、哀しそうな目でこちらを見る母をまだ覚えている。仕方がないことなのだと、頭では分かっていた。それでも、父が金の入った袋を受け取った時、胃の奥がぎゅっと握られたように痛くなった。
売られた先は、そりゃあもう酷いものだった。色街でないだけましだと思っていたが、その方が良かったかもしれなかった。
先ず最初に誓わされたのは、何があっても抗わないこと。何があっても、何をされても、すべてを受け入れろ、更に酷いことをされたくなかったらな、と。
私は耐えた。どれだけ痛くてもどれだけ辛くても、一日一日を耐え抜いた。
笑え、と言われた。
流石に、無理だった。
心の中に、そんな余裕は何処にも無かった。痛い、辛い、哀しい、苦しい──。
その気持ちが外側へ出れば出るほど、扱いは酷いものになっていった。
草木も、どんな獣も人をも眠る丑三つ時。布団に頭を隠して泣いていた私は、不意に口から出た言葉に、驚愕した。
お母さん。
私は、今更まだ希望を持っていたのだ。
なんて弱い、なんて弱い、くだらない、分かってる、知ってる、無意味な望み。
身体を丸めて眠れず明けた夜、酔った主人に叩き起され、殴られた。私でなない誰かへ向けた罵倒と、行き場のない加虐。主人は弱いから、きっとその相手に手をあげることなんて出来ないんだろう。
こめかみに拳が当たり、ぼんやりとする頭の中に、ぽっかりとひとつの事実が浮かんだ。
ああそうか。
誰も必要としてないんだ。
誰の一番にも、なれなかったんだ。
身体の力が抜けて、失笑が洩れた。いやに鮮明な視界の中、迫ってくる拳が見えた。
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