第17話 削減

文字数 1,256文字

 平成二十年九月十五日、サブプライムローン問題を契機に、アメリカの巨大金融会社であるリーマン・ブラザーズが倒産した。このリーマン・ブラザーズの倒産が、世界的金融恐慌をもたらした。所謂(いわゆる)リーマンショックである。日本の経済情勢も大打撃を受けた。雇止(やといど)めや派遣切(はけんぎ)りが行われ、会社の寮を追い出された失業者は、日比谷公園に設けられた年越し派遣村に(つど)った。テレビでニュース番組を見ていると、どの局でも年越し派遣村について報道している。

 その年、新卒で内定を受けた新入社員のうち、二千百四十三人が内定を取り消された。その翌年の平成二十一年七月には、完全失業率が五・五パーセントまで達したのである。

 会社の業績が悪化した場合、まず経費削減対象となるのは広告宣伝費である。したがって、新田が勤めている広告会社は、リーマンショックによる影響をもろに受けたのであった。

 会社が人員削減をする場合、アルバイト・派遣社員、契約社員、高齢の正社員、管理部門の正社員といった具合に人員が削減される。

 計算部では卒中部会が行われ、その都度福山部長から「広告業界は厳しい状況が続いています」という報告を受けていた。

 リーマン・ブラザーズが倒産してから約半年後、新田が勤めている広告会社でも、さっそく人員削減が行われた。計算部では十人いた契約社員が八人に削減された。ひとりは高齢の女性社員であった。解雇されたのではなく定年退職したのである。もうひとりは三十代の男性社員で、彼は以前から早朝の通院を理由として、一時間遅れで出勤していたのである。

 心臓か脳の重篤(じゅうとく)疾患(しっかん)かと思い尋ねてみると、感覚器官に支障があって歩くと時々めまいがすると言っていた。新田は思わず失笑(しっしょう)しそうになった。大腸癌の外科手術を経験した新田からすれば、単なる持病に過ぎない。自分と同じように半休をとって定期的に通院すればよかったのだが、彼は意固地(いこじ)にも(おのれ)の意志を貫いた。彼だけを特別扱い出来ないと前々から忠告していた会社側は、ついに彼を解雇したのである。そして、退職した二人分の契約社員の補充を会社側はしなかったのである。一方、正社員だけの会計部では誰ひとりとして人員削減されなかった。会計部でも定年退職者がひとりいたのだが、他の部署から人事異動で欠員の補充がされたのである。

 計算部で欠員となった二人分の仕事は、他の契約社員に割り振られた。新田が腹正しく思ったのは、福山部長が均等に仕事を割り振ったことである。一日中無駄話をして怠けている女性に割り振った同じ分量の仕事が、新田に割り振られたのが不満であった。ただでさえ、債権回収責任者の件で転職を考えていた新田は、この際、会社を退職してしまおうと思うのであった。

 ちょうど、母親の認知症がかなり進行してしまったので、在宅介護をしながら出来る仕事を探そうとしていた矢先だったのである。転職するには厳しい時期であったが、新田は母親の介護を理由に会社に退職を申しでた。

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