第4話 諦念

文字数 1,170文字

 内視鏡検査当日の朝、腹が減っていた。腸内を空の状態にしておくため、前日から食事をとっていなかったのである。処方された栄養飲料は飲んでいたが、それにしても腹が減っていた。

 指定時間よりも早めに大学病院に着いたにもかかわらず、すでに十五人ほどのひとが検査の控室に座っていた。これだけの人数がいれば誰かしらが会話をしているものだが、誰もが沈黙して控室は深閑(しんかん)としていた。

 新田は空いている座席に腰をおろして看護師が説明しに来るのを待った。机の上に二リットルほどの下剤液の入ったペットボトルが置いてある。指定時間になると、担当の看護師がやって来て下剤液の飲み方について説明しはじめた。

「机の上に二リットルの下剤液が入っているペットボトルが置いてありますが、それを紙コップに注いで二時間ほどかけてゆっくり飲んでください。この下剤液は、飲んでも体内で吸収されることがなくて、飲んだ分だけ肛門から出てきます。便意をもよおしたらトイレに行ってください。六、七回便をするうちに徐々に便の色が薄くなります。透明に近い便になったら流さないで、トイレに設置してあるブザーを押してください。便の色を確認しに行きますので、私が許可したら内視鏡検査室の方に行っていただきます」

 みんなが、一斉に下剤液を飲みはじめた。下剤液は、ポカリスエットを薄めたような味がする。けっして美味(うま)くはないが、不味(まず)くて飲めない味ではなかった。味があわなくて飲みにくいひとのために、(あめ)をなめながら飲むことも許されている。特に高齢の方は口に合わないようで、飴を用意してきたひとが何人かいた。

 六回目で透明に近い便がでたのでブザーを押した。すぐに看護師がやって来て確認してもらうと、許可がおりたので、指示通り検査室前の着替え室に入って待機した。不安を掻きたてるように勢いよく噴きだすスチームの音が絶えず聞えてくる。

 都内屈指の大学病院だけあって、検査室だけでも六室ある。検査着に着替えて座って待っていると、自分の名前が呼ばれたので新田は検査室に入った。検査する医師は初診した若い医師であった。

 看護師の指示通りに検査台に横たわった。モニターが設置してあって、患者は検査を受けながら腸内の様子を見ることが出来る。新田は、あらかじめ麻酔をしてもらうように頼んでいたため、麻酔がきくとそれ以後のことは憶えていなかった。ただ途中で、「新田さん、新田さん」という声が聞えておぼろげながら医師の顔を見上げると、「他の医師の意見も聞きましたが、やはり内視鏡での切除は出来ませんでした」と言われたのである。その言葉を聞いた新田は気分を害するのであった。

 麻酔を受けた者は検査後、三十分間控室で休んでいなければならないのだが、内視鏡でポリープを切除出来なかったことが腹立たしかった新田は、すぐに病院から出てしまった。
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