幼き女神の憩いの日 (2021-5月 神々の休日)

文字数 2,543文字

連休中のとある1日の昼下がりのこと。透き通るほどに青い空の中、街中の公園は大勢で賑わっていた。自然豊かなこの公園は普段から憩いの場として親しまれており、連休中で天候にも恵まれるという好条件が重なれば人が増えるの必然といえよう。芝生の上で駆け回る人間や天使の子供たち、花壇の花を飛び回る妖精たち、木陰でのんびりとくつろぐ亜人たちと、さまざまな種族が心地よい休日を堪能していた。
そんな中トゥランとラサスが公園にやってきた。相棒のアヒル・アモルも一緒である。いつもであれば立派な女神になるべくラサスがトゥランに勉強させているはずの時間である。しかし今日はラサスが設定した休日である。勉強嫌いのトゥランに少しでもやる気を出してもらうべくラサスが編み出した作戦の一つで、今日が初めての実行日であった。字面だけ見るととんでもないブラック企業のように思えてくるが、もちろん今までにもトゥランの休日や自由時間は存在している。とはいえ女神である以上様々な制約がつきものであったところを、今日は可能な限り取り払おうという計らいであった。
公園の広場に着くや否やアモルとトゥランは仲良く駆け出していった。そして早速つまづいでこけそうになっている。
「トゥラン様、足元にお気をつけくださいね?」
「大丈夫大丈夫、分かってるって」
当の本人は一切気にしていないようで、そのまま広場でアモルと駆け回っている。そのうち周りの子供たちも集まり、一緒になってわいわいと追いかけっこをしている。そんな様子をラサスは広場のそばの木陰から眺めている。
(トゥラン様、随分と楽しまれているようですね)
いつも以上に笑顔で元気いっぱいのトゥランをみてラサスはほっと一息をつく。この作戦が成功かどうかを判断するにはまだ早いが、主人のあれほど楽しそうな姿を見られるのであれば悪いことではないのかもしれない、と思い始めていた。実際トゥランが明るく元気に振る舞っている様はそれだけで人々の心を癒す力があり、現にラサス同様に子供たちのことを見守っていた人々は仕事や日々の生活で溜まったストレスが大きく軽減されていた。
しかしラサスには一つだけ心配していることがあった。それはトゥランが愛と活力の女神であるが故のことなのだが——
「ねぇ、ちょっと休まない?」
散々走り回って疲れたのか、子供たちのうちの一人がとうとう根を上げた。他の子供たちも息が上がっている子がほとんどだ。中にはそのまま芝生に寝転がる子もいた。一方トゥランにはそんな素振りは全くないどころか、公園に着いたばかりの頃のように元気一杯であった。
(あぁ……これはもしや……)
内心頭を抱えながらラサスはトゥランの元へ駆け寄る。トゥランは愛と活力の女神であり、元気を失った人に活力を分け与えることができる。裏を返せば他人に分け与えられるほどトゥランには活力がみなぎっているわけで、そこらの人間や神族程度では到底叶わない。まして子供たちと比べてばそれは無尽蔵とすら言えるほどで、一緒になって遊んでいれば子供たちが先に倒れるのは必然であった。
「あれ、みんなどうしたの?元気なくなっちゃってるよ?」
「トゥラン様。あれだけ走り回っていたのでみなさんお疲れなのですよ」
「そっか。じゃあみんなに元気を分けてあげるね」
「あっ——」
ラサスが何かを言いかけた頃にはトゥランはすでに一番近くで倒れていた子の頬にキスをしていた。
「———!」
された子はというと突然のことですっかり硬直してしまっている。そのままトゥランは他の子供たちにもキスしてまわり、された方は漏れなくフリーズしていた。様子を見ていた周りの大人たちも色めきだったり子供の遊びなのだと思い込もうとしたりと様々で、当事者でなければなかなか見ものだっただろう。もちろんトゥランの事を知っているものも多いためそこまで大事にはならないはずなのだが、知識として知っているのと実際に現場をみること、そして実際にされるのとでは話が違うのだ。
側から見ればキス魔の所業としか思えないこの行為が未だ微笑ましく思われているのは、ひとえにトゥランの見た目が幼いからなのであろう。そうでなければそれこそ実はサキュパスの類なのではないかとみなされていたかもしれない。とはいえこれから成長した後でも同じままでいるわけにはいかず、その点を叩き込むのもラサスの大きな使命の一つなのだが、当の本人の夢も合間ってかなかなか聞き入れてくれないのが現状である。
「はぁ……」
「あれ、ラサスも疲れてる?キスしてあげよっか?」
気づけばトゥランがため息をつくラサスを覗き込んでいる。今この場で色々と言いたいことはあるラサスではあったが、今日は小言は極力なしということでぐっと堪えることにした。
「トゥラン様、私は大丈夫ですよ。それよりみなさんもうあちらまでいってしまったのですが、宜しいのですか?」
硬直がとけた子供達の行動は早かった。我先にと走り出し、もう広場の向こう側にたどり着いていた。全員でこちらを振り返ってはトゥランをよび大きく手を振っている。
「あ、呼んでる!ちょっといってくるね!」
再び駆け出すトゥランを見送りながらラサスは軽く息をつく。やはり自由にさせすぎるのもなかなか問題なのかもしれない。今日はこの程度で済んだからまだ良かったものの、ちょっと目を離した隙によからぬことに巻き込まれかねない、ラサスは再認識した。善人悪人の区別なく愛を与え活力を分けるその姿勢は紛れもなくトゥランのトゥランたる所以でありラサスも好ましく思っているのだが、その分よからぬ輩に目をつけられることも多いのだ。
(あとは、明日以降にどう影響するかですね……)
もう少し調整の余地はあるにしろ、これでトゥランがもう少し勉強に意欲的になってくれれば、と切に願うラサスであった。

次の日、サルースの病院では多くの子供たちが担ぎ込まれた。皆が皆全身の痛みに苛まれており、病院は一時騒然となった。しかし当のサルースはとてもつまらなさそうに診断を告げた。
「筋肉痛ね。ぬるま湯につかってからちゃんとストレッチなさい。なんでこうもちゃんと体を労らない人が多いのかしら?はい、次」
さすがのトゥランも、体の疲労を取り除くことはできなかったようである。

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