精霊の悩み事(2021-3月 ありがとうの気持ち)

文字数 3,722文字

悩みとは意思あるものであれば誰しもが抱くものである。その大小こそ様々なれど、悩みが全くないという者などいないだろう。
そしてこの悩みというものは人間だけのものではない。天使・魔族・竜種・精霊等々、この世界には意思持つ種族が多々存在する。容姿や思考・主義主張こそ人間とは異なるものの、考えるという行為はどの種族も行なう共通の営みである。その過程で悩みを抱くということは思考するものであれば必ず直面する困難である。

そしてこれはフィリウスと契約した精霊も例外ではない。
フィリウスは誠実で清廉な少年で家族からもよく愛されていた。しかし体が弱く伏せりがちで、医者からも先は長くないだろうと言われていた。フィリウスの清廉さを気に入った精霊は、契約を通して自らの生命力を分け与えた。その結果フィリウスは自由に動けるようになったが、契約の代償として精霊はフィリウスのそばを離れられなくなった。しかし精霊自身はそこまで気にしていない。むしろ自分の推し、もとい契約者と日々の思い出を共有することができ嬉しく思っていた。フィリウスも生きる力を分け与えてくれる精霊様に感謝しつつ日々勉学に励んでいた。精霊はその様子をずっと見守ってきた。時に褒め、時に励ましながら懸命に支えるその姿は誰が見ても理想的な関係であった。間違っても精霊がただただ推しを囲い込んでいるだけだとは言ってはいけない。
そんなフィリウスが最近何やら精霊に隠し事をしているようなのだ。フィリウスが何かしらの雑誌を読んでいる時、精霊が後ろから覗き込もうとすると慌てて隠そうとするのだ。それも一度や二度ではない。この数日間フィリウスはずっと精霊から何かを隠そうとしているのだ。このような事態はフィリウスと精霊が契約して初めてである。最初の方こそ可愛らしい一面もあるものだと微笑んで眺めていた精霊だったが、あまりにも続くので何を隠しているのか気になってしょうがない。しかも普段のフィリウスは読んでいる魔術書や本を精霊から隠そうという素振りを見せないのだからなおさらである。
フィリウスが読んでいるのは街で評判のグッズや巷で評判の店が色々と載っている雑誌であることはわかっている。というのも、いくらフィリウスが一生懸命隠そうとしても精霊は常に傍に佇んでいるためどこにその雑誌を仕舞ったのかはバレバレなのだ。流石に精霊が直接見ている状況は避けてはいるが、それでも大体の場所の検討はついてしまう。フィリウス自身隠し事が全くもって不得手であることも手伝ってか、精霊にとって問題の雑誌を見つけることなど造作もないことであった。
(ふぅ、ひとまずいかがわしいことじゃなくてよかったわ)
清廉潔白な心の持ち主であるフィリウスといえど一人の少年、もしかしたらそろそろ興味がでてくるお年頃かもしれない。「年頃の少年が隠すことといえば自分の失敗といかがわしいことくらいのもの」というのはあくまで精霊の偏見だが、フィリウスの場合はそのどちらでもないらしい。
(でも私のかわいいフィリウスにそういう影響をも与えかねないものがあったら、ちゃんと私がなんとかしないといけないわね)
自分を省みてから物を言え、などとは絶対に口にしてはいけない。
「精霊様?どうかしましたか?」
フィリウスが魔導書から顔を上げて振り返る。精霊術に関する魔導書で、ちょうど風の精霊術に関する項目を開いている。机の正面の窓からの陽光が程よく差し込んでおり部屋の明かりを灯さずともよく読める。
「なんでもないわフィリウス。相変わらず熱心なものだから感心しちゃって」
「そんなことないですよ。僕はまだまだですよ。同じ風の精霊術師でもヴェントさんみたいにすごいひとはたくさんいますから、僕ももっと頑張らないと」
意気込むフィリウスに微笑む精霊。普段であればこのままフィリウスは勉学にもどり精霊は後ろで見守る構図に戻るのだが、今回ばかりはちょっと違った。精霊は少し迷ったのち、フィリウスに疑念を直接ぶつけてみることにした。
「フィリウス、何か隠し事をしていないかしら?」
「えっ」
明らかな動揺が見て取れる。びくりと体は震え、振り返った顔はひきつり、視線があらぬ方向へと泳いでいる。
「な、な、何も隠したりは、し、してないですよ?」
「フィリウス、正直に白状なさい?」
猫撫で声の精霊にフィリウスはビクビクしている。優しい顔のはずなのにどことなく凄みを感じるのはなぜだろうか。逆光になってるのも相まってちょっと怖い。
「あなたは嘘をつくのが上手じゃないのよ?今のフィリウスをみれば誰だって何か隠してると思うわ。それにあなたはとても優しい人間だから、ちょっと嘘をつこうとするだけでも罪悪感を抱いているんじゃないかしら?」
「うぅ……ですが……」
フィリウスの額を冷や汗がつたる。顔をしかめ視線はややずれた方を向いている。後退りしたくても机が邪魔で動けない。逃げ道の方には精霊がいる。まさに万事休す、わかりやすく詰んでいる。それでもなお抗おうとしている様子を見せたことに精霊は少しばかり驚いていた。そこまでして一体何を隠そうとしているのだろうか。精霊はにっこりととどめの言葉を告げた。
「さぁ、白状なさいフィリウス?きっと楽になるわよ?」
静寂が場を包む。二人の視線が交錯し無言の応酬が繰り広げられる。瞬き数回ののち、フィリウスのため息がささやかな抵抗の終わりを告げた。
「はぁ……やっぱり隠し事は難しいですね。さすが精霊様です」
「あら、ありがとうフィリウス。それで?一体何を隠していたのかしら?」
「それなのですが……精霊様にプレゼントをしようと思ったのです」
これは精霊も予想外であった。虚をつかれた精霊は思わず真顔となって目をパチクリさせている。
「僕を助けるために精霊様は自由を犠牲にしています。それだけでなく、いろいろな場面で僕を支えてくださています。感謝と同時に申し訳なさで胸がいっぱいになります。ですから、せめてものお礼として何かプレゼントを渡したかったのです」
「そんな、大丈夫よフィリウス。あなたのような清廉な人間と契約できた時点で私は十分満足しているの。改めてプレゼントを用意しなくても大丈夫よ」
精霊自身フィリウスが精霊に対してそのような負い目を感じているのは知っていた。過去には直接告げられたこともあった。そのときにも精霊は同じような言葉を返している。事実この言葉は精霊の本心そのものであり、フィリウスに対して遠慮をしているわけではない。そもそもこの契約は精霊自身が特別な見返りを求めて行ったものではない。強いて言うのであれば、フィリウスが元気で幸せに過ごしてくれることが一番の報酬でありフィリウスからの贈り物であった。
一方フィリウスはやや不満げな顔をしている。
「精霊様ならそうおっしゃると思っていました。ですがいつもこうしてお世話になっていますから、やっぱり何かしらのお礼がしたいのです。僕ばかりが受け取っているので、たまにはお返しがしたいのです」
「その気持ちだけで十分よフィリウス。もう十分に伝わってるわ。それにしても、わざわざ隠そうとしなくてもよかったんじゃないかしら?」
「それは……精霊様がそのようにおっしゃると思ったからです」
精霊は首を傾げる。フィリウスの推測は正しい。だがそれがどうして精霊にプレゼントを渡すのを秘密にすることにつながるかがよくわからない。
「どのようなプレゼントが欲しいかを聞けば、精霊様はきっと遠慮してしまいます。でも、僕はどうにかしてなにかしらのちゃんとした形でお礼をしたいのです。それで、準備するときは一生懸命秘密にしてサプライズとして渡そうと思ったんです。そうすれば、精霊様もきっと受け取ってくれるかなと思ったのです。ただ、まだ何を送ればいいのかがまだ見つかっていなくて……」
最後の方は尻すぼみとなっていった。フィリウスは悔しさと不甲斐なさでいっぱいだった。視線を申し訳なさそうにずらし、やや目を伏せている。
(そう、そこまで考えていてくれたのね……)
精霊はフィリウスの優しさに感動していた。やはり私はフィリウスと契約できて良かった、と心の底から感じいっていた。いつもどおりプレゼントを断っても良かったのだが、それではここまで真剣に考えてくれたフィリウスに悪いだろう。
「ありがとうフィリウス。それじゃあ、せっかくだしいただこうかしら」
フィリウスははっと顔をあげる。きらきらと輝いて見えるのは決して窓からの光が反射しているからだけではないだろう。
「ありがとうございます、精霊様!」
「ふふ。プレゼントをもらうのは私の方なのに、あなたがお礼を言うなんて変な感じね」
「あ、でもまだなにをプレゼントするかは決まってないのですが、どうしましょうか」
「それはこれから一緒に考えましょう。引き出しの奥にしまった雑誌を見せてちょうだい?」
「え、精霊様知ってたんですか!?」
「いつもあなたのそばにいるんですもの。当然でしょう?」

それからしばらくの間、部屋からはわいわいと楽しそうな声が聞こえていたそうだ。その後新しい髪飾りをつけた精霊がずっと上機嫌だったのは、改めて語るまでもないことだろう。
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