氷術師のおめかし(2021-1 和風)

文字数 2,682文字

「おぉいいね、似合ってるじゃん」
笑顔でライムが褒めそやすのは試着室から出てきたフリジアである。淡い緑色の着物を着ている。
「ありがとうございます、ライム様」
「もう、そんなに畏まらなくたっていいんだってばぁ。気楽にいこうよ、気楽に」
二人がいるのは街の呉服屋である。おもに和服や和服をモチーフにした服を取り扱う店である。しかしフリジアが試着しているのは店に並んでいたものではなく、ライムが店主に言って奥から出してきてもらったものだ
「でも新年早々押しかけてきたと思ったら突然ついてこいだなんて。何事かと思いましたよ?」
「たまにはこういうのもいいでしょ?ほら、次はこっちも試してみようよ?」
ライムは水色の着物を渡しながら応じる。受け取ったフリジアは再び試着室の中へ戻っていった。着替えながらフリジアが聞く。
「でも、この着物は一体どうしたのですか?この店で普段から扱っているものでもなさそうですが……?」
「この前高天原に行ったときにシトリ達を手助けしてね。そのお礼としていくつか着物を織ってくれることになったんだよ」
「どうして高天原に行ったんですか……それに機織の神であるシトリ様を畏れ多くも呼び捨てにするなんて……」
「えへへ、フラフラしてたらたまたま着いたんだ。名前については向こうもいいって言ってたよ?」
高天原はフラフラ歩いていくようなところじゃないと思うんですが……と内心フリジアは呆れはてる。名前の件もおそらく最初からライムが呼び捨てにしたのを追認したのだろう。寛大な神様で本当に良かった。フリジアはシトリ達に心の底から感謝した。それにしても機織の神様が直々に着物を織ってくれるなどそうあることではない。実際に来ているフリジアもこれらの着物が非常に良い物だと実感していた。肌触りも良く着心地もいい。今までに来た衣服の中でも最上級の品だろう。どうりで着付けを手伝う店員たちも目を輝かせているわけだ。
「はい、どうでしょうか?」
試着室から出てきたフリジアをみたライムは首を傾げる。
「あれ?いつもとあんまり変わらないような……?」
それもそのはず、フリジアはいつも水色の着物をモチーフにした服を着ている。そのため、袖が長い・裾が引き締まっているなどの違いこそあれど、全体的な印象としては普段のものと大差ないのである。
「そうですか?私はかなりいいと思いましたよ。動きやすいですし、なにより色合いがとても好みですよ」
一方のフリジアはかなり気に入ったようである。さまざまな角度で鏡に自分を映して着物姿を堪能している。ライムはその様子をにこやかに眺めている。
「ま、フリジアがいいんだったらいいや。気に入ってもらえて良かったよ」
「それにしてもライム様」
「あ、また様付けしてるな?」
ライムの抗議をフリジアは黙殺する。
「どうして私の着物にしたんですか?ライム様の着物にすればわざわざ連絡しあったり後日着物を送ってもらったりする手間もなかったと思うのですが?」
至極真っ当な質問にライムはぐぬぬと唸る。
「いやぁ、最初はそうしようと思ったんだよ?で、シトリ達が用意してくれた着物をいくつか試しに着てみたんだけど、どうも子供用しか合わなくってね。なんとも言えない空気にはなったが、今思えばそれはそれで面白かったな」
その様子が容易に想像できたフリジアは思わず吹き出しそうになった。
「確かにライム様は子供達と遊ぶのは様になってますよね」
「お、今地味に悪口を言ったな?まぁいいや。それで、どうせならもっと着物が似合う親戚がいるということでフリジアのものを作ってもらうことにしたんだ。ほら、普段から頑張ってるようだし、そのご褒美と新年のお祝いを兼ねてさ」
途中飛躍があった気がしないでもないが、ライムの気持ち自体は本物だろう。フリジアはありがたく受け取ることにした。
「とにかく、着物はこれで全部着たのかな?」
「そうですね。どれも本当に良いものでした。次にいつ着ることになるかは分かりませんが、大切にとっておきますね」
「ん、別に普段から来ても構わんのだぞ?」
「一人で着れない服を普段から身につけるのは中々大変だと思うんですけど……」
「それでしたら気軽にうちをご利用ください!着付け講習も致しますので!そんないい着物を身につけないなんて本っ当に勿体無いですよ!ぜひ、ぜひ!」
そういうのはこれまで着付けを手伝ってくれた店員である。文字通り目がキラキラしている。どこまでも曇りのない目である。商売2割・最上級の着物を見たいが3割・着物がお似合いの美人を見たいが5割といったところか。流石呉服屋。その圧にフリジアとライムは気圧されそうになった。
「と、とにかく着替えてきますね」
「そ、そうだな」
フリジアはそそくさと試着室の方へ消えていく。それを確認したライムは店の入り口の方へと向かっていった。
「さて、と。そこにいるガキども。気づいてないとでも思ったか?」
入り口の方で少年達がびくりとした。どうやらフリジアの着付けを覗き見していたようである。
「乙女の着替えをコソコソと覗き見るとはどういうことかな?バレバレだったぞ?どうせやるならもっと注意するべきだったが、まぁ相手が悪かったな」
少年たちは怯えて体をガタガタ震わせている。反抗する気は既に失せており、逃げようにも腰が引けてしまっている。一方ライムは表情こそにこやかだが目が全くもって笑っていない。周囲は文字通り冷え切っており、左目の魔眼は水色に輝いている。
「さて、どうしてくれようか……?」
「まぁまぁライム様、その辺りにしておきましょう?あんまり怒ると眉間に皺が増えちゃいますよ?」
奥からフリジアの声が聞こえる。その言葉でライムの魔力が抑えられ、少年達は少し安堵した。
「しかしフリジア、こいつらはお前の着替えを覗き見してたんだぞ?」
「えぇ、ですから——」
刹那、少年たちは死を覚悟した。
「——私が直々に折檻してやろうと思いまして」
奥から着替え終わって出てきたフリジアは、文字通り吹雪を纏っていた。店に被害が及ばぬよう極力抑えてはいるようだがその分密度が高い。「怒髪天を突く」をまさに体現していた。なお、呉服屋の店員達は商品を必死に移動させたり奥にしまったりして被害を抑えようとはしているが、フリジアを止めるものは誰もいなかった。というより止められそうにない。そしてそれはライムもである。
「——そうか。じゃあ任せた」
「えぇ。さてあなた達、覚悟はよろしいでしょうか?」

その日、見事な氷像が通りを飾った。中に何かが埋まっていそうな気配はするものの、誰も怖くて口に出せなかったとか。
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