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文字数 2,768文字

 彼はフットマンに連れられて廊下を歩いている。
(アンナをどうするか考えていなかったな……ここも安全とは言い難いし……)
 そんなことを考えている内に兵士の立つ、一際大きいドアの前に来た。フットマンがノックする。
「お連れしました」
「入れろ!」

 リアンが中に入ると既にエリアス二世を含めて五人が長テーブルを囲み席についている。内リアンと面識がないのは一人だけである。リアンは安心する。少ない、とリアンは思う。
「よし。全員そろったね。……そう君を最後に呼んだのさ。主役だからね。では始めよう」
 部屋には不思議な緊張感がある。外の空気に似合わぬ緊張感である。集まったのは皆エリアス二世の直接の臣下の侯爵達であるのに、それぞれが腹のさぐり合いをしているようだった。リアンはエリアス二世の対角に座る。
「皆、よく集まってくれた。カレス侯爵がいないのは知っての通りのことだ」

 諸侯同盟は、エリアス一世を諸侯の王として仰ぐ形で、対帝国同盟として形成された。実際に全ての諸侯がエリアス一世に仕えたのではなく、形式上のものである。しかし、五つの侯爵家はエリアス一世の臣下として服従した。その侯爵家の内四人は今リアンの周りにいる。そして、唯一テベレ川の西の貴族で服従関係にあるカレス侯爵は、現在は帝国の侵攻にセシル王子と共に対応しており、ここにはいない。

「じゃあリアンから。皆知っているかな?知らない者もいるようだ。彼はリアン。旅人だが今話したように、私の命を救った才覚ある青年だ。今回は我々の力になってくれる」
「今回皆様を集めたのは私です」
「そうなのか?エリアス」
 リアンと面識のない男だが、リアンはその風貌から名前を察した。王を呼び捨てる大男である。
「まあ……そうとも言えるかな。確かに彼がいなければこの集まりは無かっただろう」
 リアンはできる限り話を先導したかった。
「今回の話にはフィラハの存亡がかかっています」
 諸侯がざわめく。
「本当か!?エリアス!」
 大男の声が響き、部屋は静かになる。
「本当だ。それどころか我々と同盟関係にある国々全てが危うい。そうだね?リアン」
 リアンは安堵する。エリアス二世の直接の臣下である諸侯を集めたこの場では、その実態は会議ではなく、王の裁定ですべてが決まる。エリアス二世さえ事態を正しく把握していれば良い。
「はい。バーゼルは既に帝国の占領下にあります」
「なんだって!?」
 縮れ毛に口髭を生やした男が目を広げて言う。
「カーティス侯爵、私はバーゼルからここ、フィルへ向かうのにあなたの所領を通りましたが、あなたの所も危ない」
「しかし帝国軍はメルカンに居るのでは!?」
 テベレ川の西部、例の戦乱多い地域はメルカンという。
「そうです。メルカンをねらう振りをして奇襲によってバーゼルを奪ったのです。おかげでメルカンどころかここも危うい」
「帝国軍の数はメルカンの西に六千、バーゼルには二万三千。主攻は北だ」
 エリアス二世が言い添える。ささやかな沈黙さえ場の緊張感を増す。リアンはその空気に満足する。
「お分かりの通り今回の侵攻は、以前から懸念されてきた帝国の東征であり、我々は全勢力をあげてこれを放逐しなければなりません」
 自然とリアンに視線が向いている。
「そこで、だ。後手に回った我々が何をすべきか……リアンはどう思う?」
 エリアス二世がリアンにうまく回してくれることに感謝しつつ、リアンは続けようとする。
「私は……」
「待て」
 口を出したのは例の大男であった。
「お前はなんだ?さっきからずっと仕切っているが、この国のことにまで口出しできるほど偉いのか?」
 リアンに敵意があるというよりは、純粋な困惑から来る発言であることが声のトーンから分かった。
「ヘクター侯爵……ですね?あなたの武勇はよく聞こえておりますよ」
 リアンは愛想良く、丁寧に対応する。

 大男の名はヘクターといった。彼の祖父と父はエリアス一世に仕え、その武勇で今なお名を知らしめている。そして、今ここにいる彼は、その彼らよりも強いと評判であった。加えて彼は非常に若かった。他の侯爵たちよりも一回りは年下であったのだが、その体格と態度、無骨な顔つきと切れ長の目は彼をそうとは感じさせなかった。

「第一俺はこいつのことをさっき初めて知った訳だが、お前らは知っていたのか?」
 他の面々とリアンは面識がある。
「信用できるのか?」
「……以前客として迎えましたが、非常に優秀な人間であることは間違い無いでしょう。頭の方もそうですが、腕の方も……ヘクター、あなたより強いかも知れませんよ?」
 モーリス侯爵が言う。
「本当か?」
 疑いながらもリアンに好奇心の目を向ける。
「私もそう思います。しかし、我々の命運を託すほど信用できるかといえば……」
 ディック侯爵の言にエリアス二世が反論する。
「だが彼は私の命を救ってくれた。その身を呈してね。だからこの国も救ってくれるはずだ」
 この理屈にはリアンが苦笑いしてしまった。
(甘すぎるような気もするがな)
 四人の侯爵たちは顔を見合わせる。分かってはいたが、リアンにはこの時間が無駄に思えてしょうがなかった。
「ひとまずは参考に聞いて頂ければ」
「……あなたが我々の絶対的な味方だと証明いただければ、聞きましょう」
 ディック侯爵が”絶対的”の部分に力を込めて言う。彼はリアンの立場が流動的であることを知っており、リアンが帝国の誰かとつながっていることを恐れた。
「……」
 それはリアンには難しいことだった。
「それなら簡単だ」
 エリアス二世が声をあげる。
「何度も言ったが、私の命を救った、その身を呈して。なんならその場に居た者でも呼んで詳しく話させようか」


「先ずはカーティス侯爵領に兵を集めるべきでしょう」
 カーティス侯爵が激しく頷く。
「そこを抜かれればここまで目と鼻の先ですから。しかし、帝国軍のテベレ川東部の制圧はまだ先でしょう」
 バーゼルはテベレ川の西に、カーティス侯爵領と王都フィルは東側にある。
「それよりもメルカンを優先するでしょう。そしてこの間、帝国のテベレ川西部完全制圧までの間に、我々がどれだけ準備できるかに全てかかっています」
「準備?」
「現在の戦局は最悪です。多少の戦術的勝利ではこの状況は揺るぎません」
「とっとと兵を出してバーゼルとメルカンを取り返すんじゃあ駄目なのか」
「バーゼルには大量の兵士がいますし、メルカンを攻めているのはおそらく皇帝自身です。どちらを先にしても容易ではありませんし、長引けば我々が北と西から挟撃を受けます」
 テベレ川を挟んでバーゼルを東から攻めるのは難しいので、一度下流からテベレ川を渡り北上しなければならない。今の時期は川の水量が多く、渡河するのも大変である。
「ならどうする」
「アンドレアと教皇に救援を求めましょう」
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