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文字数 2,499文字

 フィラハの都フィルはテベレ川中流の東岸に位置する。東西貿易の品々がテベレ川をつたって北上し、帝国北部の人口密集地帯へと運ばれる。フィルはこの通商ルートの重要な宿場町となっている。
 フィラハは、元来テベレ川中流の東岸その支流ぞいに広がる平野を指す言葉であった。しかし今ではフィラハとはエリアス家治める領地であるという認識になっている。加えて、エリアス一世が諸侯の王と言われたものだから、エリアス王の所領がフィラハ王国と称されることもある。
 これは、丁度地名がそのまま国名になるプロセスそのものだが、フィラハ平原とエリアス王の所領が完全に一致するわけではない。皆適当に使いわけているのである。その上、諸侯同盟の実態を鑑みて、諸侯同盟領をフィラハ王国とまで言う者もいたし、実際エリアス二世の同君連合である都市もいくつかあった。

 そんな東の強権を誇るエリアス二世の下に二人はやってきた。フィルの河港は慌ただしく、船をつけるが否や兵士がやってきたが、その内の一人がリアンを覚えていたので、エリアス二世の住む王宮までは早かった。

 王宮は正面から見上げると壁の様である。正面から見える幾つもの窓にはガラスがはめられている。正面入口の左右には男の石像と兵隊たちがあり、宮殿の影に表情を隠している。夕暮れ時である。正面入口は高さ五メートルを下らない。入るとさらに高い天井を何本もの石柱が支え、石柱にかかる幾本ものろうそくがホールを照らす。その中央で恭しく礼をする白老が一人。
「お久しぶりでございます、リアン様。お待ちしておりました。」
 リアンはこの男の名を覚えていなかったが、エリアス二世に近い執事であることは覚えていた。
「どうも」
「こちらへ」
 荷を他の使用人に預け後を追うと、途中でリアンはアンナの足どりが重いことに気づいた。
「つかまれ」
 左腕を差し出す。アンナは申し訳無さそうに無言でつかまる。つかまる腕にのっていた体重から、相当に疲れていそうである。然して案内されたのは謁見の間であった。リアンは驚く。その様子を見た執事が言う。
「すぐに、ここへ連れてくるようにとのことですので」
 リアンはアンナの方を見る。
「大丈夫です」
 腕を離す。
「では。リアン様とアンナ様をお連れしました!」
「入れ!」
 中から声がする。扉が開くと、正面、広間の奥、小さな段の上の椅子に黒い髭の男が座っていた。エリアス二世である。エリアス二世は細身で人の良い顔つきをしている。歳はアンナの父親のやや下である。
 客が拝そうとするのを王が止めた。
「いいさ。事情は聞いた。返してやって」

 王のそばにいた使用人が膳を持ってくる。リアンはその上の紙を受け取った。例の、リード侯爵が事情を書き込んだ、勅書である。王のそばには他にも補佐役がいる。

「しかし君が戻って来てくれて嬉しいよ。……あなたがアンナ嬢だね?父君を知っているよ。謙虚な方だ。王を称してもいいほどなのに……無事であることを願おう。」
「はい……(わたくし)もエリアス王のことは父から聞き及んでおります。偉大な王だと」
「いや、非才だよ。早く優秀な息子に跡を継がせてしまおうと思っているくらいさ」
 これはエリアス二世の口癖のようなものである。
「さて、前置きを話している場合じゃないね。リアン。優秀な君の想像よりも事態は緊迫している」
「……王子はどこに?」
「……流石だよ。西だ」
 リアンには分かった。港と途中で通った町の様子に違和感があった。そしてあまりにも準備の早い謁見にいやな予感がしていた。
「いつ……!」
「一週間ほど前に帝国から宣戦布告があった。セシルがでたのは三日ほど前だ。アンナ様。そういうわけです。バーゼルの救援には参れません。むしろ我々が窮地に立たされているのです」
「よ、よく分かりませんわ」
「後で説明します」
 リアンが囁く。
「だからリアン、君が来てくれて本当に嬉しいよ。力を貸してくれるね?」
「勿論です。お力になれるかは分かりませんが」
「そんなことはないよ。君がいれば……」
「静かに」
 言葉を遮るリアン。唇に人差し指を当てる。誰も何も音を立てない。身じろぎの音さえしない。皆あたりを見回す。なにもない……部屋に差し込む夕日の光が不気味に映える。ドアの外で何か音がする気がする……ドアを見る……ドアのそばの衛兵が身構える。リアンは足音も衣擦れの音もたてずにドアのそばに寄り、衛兵に合図をする。ドアは内開きである。左右の衛兵がドアの把手(とって)に手をかける。合図をする。三、二、一、ドアが開かれるとそこには死体があった。

 誰もが死体に目をとられた。女の悲鳴が聞こえると同時にリアンの首もとに凶刃が迫る。リアンはこれを躱す。凶刃が追ってくるものの、躱してゆくと衛兵二人が下手人を囲む。
「二人いるぞ!」
 外にいた衛兵は二人。一人では無理だ。言うも虚しく、衛兵の一人が背後から首を掻き切られる。目の前の暗殺者も攻勢をかける。リアンは躱し続ける。武器は持っていない。やがて相手の目がエリアス二世を向いた瞬間、リアンが相手のナイフを持った手をつかみ腕を有らぬ方向へ曲げる。鈍い音がする。片割れを捕らえた瞬間、首に鋭い痛みがした。
(毒矢だ!)
 もう一人の暗殺者が吹き矢を構えていた。リアンはすぐに矢を抜く。捕らえた片割れが逃れる。外が騒然とし始め、人がやってくる気配がする。二人の下手人が走って逃げてゆく……

「どうしました!」
 やってきた兵士が言う。
「暗殺者だ!向こうへ逃げたぞ!追え!」
 王のそばでずっと剣を構えていた騎士が叫ぶ。
 暗殺者はメイドの姿をした女だった。
(まずい……)
 リアンはその場に倒れた。

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 武器に仕込めるほど少量で、人を即死させられるほどの毒はこのレベルの文明では存在しえません。今後もこの手の話があるかもしれないので一応。
 窓ガラスというのは中世末期であっても珍しいもので、富と平和の象徴として登場させています。(多少の独自解釈あり)窓ガラスが高価なのはともかく、割られやすいので、戦乱の多い中世ヨーロッパでは金持ちの間でも普及しなかったらしいです。
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