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文字数 2,055文字

「驚きましたよ。私は、あなたがセシル王子と仲がよいから、王に気に入られているとばかり」
 ディック侯爵が言うのは、リアンが、西に向かったセシルを放置すると言ったことである。これにはエリアス二世も難色を示したがリアンが説得したのだった。

 メルカンで戦う王子をそのままにするのには幾つもの理由があった。第一に、救援に向かわせられる兵が今はいなかった。フィラハには所謂常備軍があったが、王子が率いていったのがまさにそれであった。それ以上の兵は、徴兵や傭兵に頼らざるを得ない。第二に、呼び戻してしまうと帝国軍のメルカン侵略が容易になり、リアンが重視した、準備の為の時間が圧倒的に少なくなるからである。フィラハに帰属していない諸侯も抵抗してはいるが、彼らは連係がとれず、そう時間もかからずに各個に潰されてしまう。そこで、同盟の盟主たる血族の王子に彼らを統制させ、少しでも時間を稼がせる必要があった。第三にはセシル王子の優秀さと、メルカンにある城の堅牢さが上げられる。

「実際そうなのでは?」
「ご自身のことでしょうに……」
「私にとって都合が良すぎるのは確かでしょうね」
 彼は暗殺未遂事件のことを言っている。
「あなたがそこまでの策士なら、私も無闇に逆らいはしませんよ。では私はこちらですから」
「お疲れ様でした」
 廊下で分かれ、リアンは歩き続ける。やがて自室に着き、重い体をベッドに横たえると、自身の発言が正しかったのか考え始まってしまった。

 しばらく考えているとある一つの疑問が浮かんでくる。
(どうして俺は同盟側についたんだ?)
 現状帝国側が圧倒的に優勢である。負け馬に乗る馬鹿もいない。
 この考えは彼の、努めて物事を客観視しようとする癖から出でたのであるが、主体としての彼は即座に反発した。
(いや!俺が止めねば誰が止める?あのクソ親父の愚行を!)
 リアンは戦争を予期していた。そしてその際に己がどうするのかも。その答えがこれである。
 ところがいざそうしてみると、この考え抜かれた末の決意にさえ彼は自信が持てなかった。

(しかし本気で皇帝は東征なんて考えているのか?いや現状はそうとしか考えられない。でもそんな事してどうする?その先に何がある?)
 彼は薄暗くなってきた部屋の、影の差すベッドの上で左手首を額に当てる。
(まさかそれ自体が目的だとでもいうのか?だとすればそれこそ下らない!愚行だ!)
(本当にそうか?俺には理解出来ない何物かがあるのではないか?本当にそれは愚かなことなのか?俺がこちら側で戦うことは正しいことなのか?)
(ああ、あのとき、リード侯爵を見捨ててバーゼルから逃げ出したあのとき、俺はやはり残るべきだったのか?ラキア将軍なら俺のことをよく知っているし、俺の話も聞いてくれただろう。そうすればリード侯爵家も皆安全だったろうに!)
 彼は、バーゼルに攻め入るのがラキア将軍だと聞いたとき、同じ様なことを考えた。しかしあの時は、ようやく全員の覚悟が定まった時であった。そのために、今更、自分が皇帝の息子だとかなんとか言い出すことが出来なかった。
(皇帝が何を考えているかは俺にも分からん。まともに話し合えるかどうかも。だがラキア将軍となら話せたはずだ……話し合って、どちらが正しいかよく考えてから立場を決めることも出来たはずだ……)
(そうだ……俺は決してエリアス二世の味方ではないのに……ああ!あの襲撃事件は本当に()()()()()()()さ!)
 彼がエリアス二世らの前で論述をたれた人物と同一人物とは誰にも思えなかっただろう。それ程彼の纏う気配は沈鬱としていた。不安と後悔で満ちた世界には彼の居場所は無いように思われた。しかも、その不安も後悔も彼一人が勝手に生み出し抱え込んだものであり、彼を孤独にするものは彼自身であるということに、リアンは気づいている。

(今更だな)


 とてつもない時間が流れたのに、外はまだ薄明るかった。静かな部屋にノックの音が響いたのはそんな頃であった。
「暗いですね……」
 部屋に踏み入ったアンナの第一声である。彼女は普段よりも華美なドレス姿であった。彼女とともに来た使用人たちが部屋に明かりを灯し、夕食を部屋に持ち入れる。
「まだ体調が優れないでしょうから夕食はここで……」
「わざわざすいません」
「い、いえ……」
「……」
「何か?」
 リアンが尋ねる。
「……私、晩餐に呼ばれているので行きますね?」
「ああ、今は有力諸侯が集まっていますからね。うまくアピールすることです」
「アピール、ですか?」
「ええ。うまく行けば好い相手を紹介してくれるかもしれません」
「え?」
「……?」
 互いに困惑してしまった。
「まあとにかく行ってくるといいでしょう」
 リアンが言う。
「はい……」
 アンナは行った。


(そうだ……今更だ。俺は戦わなければならぬという理由の為だけに戦わなければならない……)
 彼はなんとなく、帝国に居た頃を思い出した。あまりいい思い出など無かったが、ふと、
(ディアナは元気だろうか)
 そう思った。
(いや、あれは関係ない)
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