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文字数 2,238文字

「気分は悪くありませんか?」
 エリアス二世が去り。アンナが、上体を起こしたままのリアンに心配そうに声をかける。
「心配するほどではありませんよ」
「でも、まだ顔が青白いです」
「大丈夫ですから」
「……」

 やがてパンとスープが運ばれて来た。アンナはパンを千切りスープに浸しリアンの口元に運ぶ。
「結構ですから……」
「でも……」
 リアンは溜め息をついてアンナの指先からパンを食べた。アンナが捨てられる寸前の猫のような顔をしていたのだ。その後もリアンはアンナに甲斐甲斐しく世話されていた。

 食べ終えてからアンナが口を開く。
「あの……私、よく分かりませんでした」
「分かる必要ありません」
「でも……」
 彼は溜め息をつくのをこらえた。
「……帝国は諸侯同盟領の最北と最西にほぼ同時に軍を向けていたのです。ただし、西の戦線では随分と前に宣戦布告をしたようです。おかげでバーゼルに向かわせられる兵は今のところありません」
 バーゼルで籠城し諸侯同盟の救援を待つことをしなかったのは結果的に正解であった。
「ええと……それでこの国の王子様は西へ?」
「ええ。第一王子は非常に優秀ですから。恐らく、西から来ている帝国軍の数はそれほどではないでしょう。だからこそ、王もいつもの小競り合いだと思って油断していた」

 テベレ川西部にある諸侯同盟領では、帝国との争いが絶えない。今回王子を向かわせたのは、いつもと異なり宣戦布告があったからである。加えて、バーゼルでは集められなかった兵がフィラハでは集められたのもこの時間差に関係がある。根本的な国の有り様の差もあるのだが。
 フィラハは川沿いに広がる平野である。つまり、農業地帯でもあり、人口が多い。バーゼルの方が商業のために栄えているが、一般に農業国家の方が陸軍は強大になる。点在する他の諸侯達もこのフィラハの軍事力を頼って、フィラハを中心に諸侯同盟を結んでいる。

(この女は馬鹿じゃあない。やっぱり素の教養がある)
 リアンは少し前から感じていたことを改めて思った。この点はアンナは父に似たのかもしれない。
(本当に馬鹿な女はこんなことは知ろうともしない。知っても意味がないと考える。仮に聞かされても理解しようとしない)
 女は政治や国家状勢の話を知らずに育てられる。何も知らない天使であれと言われて育つ。余計なことを知ろうとするのは悪いことだと言い聞かされる。アンナもこれまでは気にしたこともなかった。しかし自身が巻き込まれることになり、遂にリアンに尋ねてしまった。ただし、リアンはこれらの無知な女のことを馬鹿な女だと思っている。口を出すこともしないし、嫌いなわけでもないし、教育に問題があるのは分かっているが、それでも、自身の置かれた状況を知らない、知ろうともしないのは馬鹿だというのである。

 アンナは言われたことを必至に思案している。
「帝国は以前からこの地を狙っていたのです。それが遂に侵略してきたというわけです」
「わ、分かっていたのですか?なら何か対策できたのではありませんか?」
 アンナも他人事ではない。責めるように言う。リアンは心苦しくなり、苦々しく言う。
「……少なくとも半年は後だと……思われていました。帝国の南西部で一種の内乱が起こっていましたから……鎮圧されるのが想像以上に早かったのです」
 言い訳をする様である。アンナは、両親が今のようにはならなかった可能性があると聞かされたせいで、リアンの不自然な態度に気づかなかった。

 この日はいい天気であった。少し肌寒い代わりに日差しが暖かい。吹く風もどことなく陽気である。草が芽吹き虫が起き出す春の陽気がリアンのいる一室にも満ちていく。
「……無事でしょうか」
 アンナが両親のことを言う。目線は自然と上を向く。
「……バーゼルにいる帝国軍の将はラキア将軍というのですが……あれは愚かな将では無いのです。間違っても降参した都市を潰すようなことは無いでしょうから……」
「……ありがとうございます」
「……」
 アンナは本当に安心した様である。彼はわざと、領民の命と引き換えに……という可能性を伏せている。

「体調は良いのですよね?」
 彼は起こしていた上体を倒す。
「え!?」
「いや、体調が悪いわけではないですよ」
 笑いながら言う。
「なら……」
「昼寝するには好い天気だと思いませんか?」
「脅かさないでください」
 ふっ、と彼は笑う。
「横になったらいかがですか?」
 ベッドの奥に寄る。冗談の積もりであった。
「……」
 少し迷ったようにしてから、無言で横になる。
「え!?」
 これにはリアンが驚いて体を起こしてしまった。
「その……最近あまり眠れていなくて……」
 恥ずかしそうに言う。
(そうか……あれ以来ちゃんと休めていなかったのだろう。船旅も彼女には大変であっただろうし、その後も心労が絶えなかったのだ)
「……いいですか?」
「いいですよ」
 アンナは目を閉じたと思うと、すぐに眠ってしまった。


(状況を整理しなくては。会議でうまく言わねば。まともにやっても勝ち目は薄いというのに……)
 彼は昼寝と言ったがそんな積もりは毛頭無い。
 アンナの寝息が聞こえる。
(完全に失態だ。仕方なかったとは言えバーゼルをとられたのは痛い。おまけに二日も眠って……相当に拙いことになった)
 外から何がしかの鳥の(さえず)りが聞こえる。
(ここから挽回ぜねばフィラハそのものも危うい……最低でもアンドレアを味方につけて……)
「ん……」
「……」
 溜め息をつく。
(焦っても仕方がないか)
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