南部大地②『太陽との対決』
文字数 4,956文字
南部大地は新井聡のプレイヤーが棄権したと知ったときから、不吉な予感がしてならなかった。
聡はすぐにテログループの自爆テロ要員になるだろう。残された緑はどうなるのだ?
心配と不安が渦巻く中、聡を捉えてバンに乗り込んだ、ちょうどその直後だった。藤堂から携帯に電話がかかってきたのは。
「聡を確保しました……え? 緑を? ちょっと待ってください。緑はまだ使います…… CEO、CEO ……」
電話は無情にも切れた。
「クソ!」
大地は運転席のソファーの裏を思いっきり殴るしかなかった。
緑はどうなったんだ?
もしかしたら、一旦家に帰されているかもしれないと期待を込めて、大地は自宅に戻った。が、そこには緑の姿はなかった。梓もいない。
仕方なく、上がりかまちで待つことにした。
数分後、玄関のドアを開け、中に入ってきたのは梓だけだった。
梓は一瞬驚いたが、直ぐに平静を装う。大地の刺すような視線から、怒りを感じ取ったのだろう。
「梓、緑をどうした?」
梓も負けてはいない。鋭い眼差しで見返してくる。
「それを聞いてどうするつもり?」
睨みつけているのに、梓の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。
大地も梓の気持ちには気づいている。
好きな人を悲しませて、苦しめて嬉しいはずがない。それでも、そうせざるを得ないのは、 守るためだと信じているからだろう。
その気持ちは大地にもわからないはずがない。なぜなら、大地も同じだからだ。ただ、思う相手が違うだけだ。
しかし、それが絶対的な違いだけに、運命の皮肉を感じる。
だから、悪いと思うが、梓の望む言葉を口に出すことはできない。
一方、梓は感情を最優先するのだろう。
「CEOの命令は絶対なのよ。 それはあなたが一番知ってるでしょ。もう、あんなかわいそうなあなたを見たくないの」
「だからって、緑を……」
梓は、それ以上聞きたくないと思ったのだろう。首を左右に振る。
「あたしには、あなた以外誰も関係ないわ」
ついに、梓の瞳から大粒の涙が頬を伝って流れ落ちる。
泣けるだけでも羨ましい、と大地は思った。
そこへ、携帯電話の着信音が響き、大地が慌てて出る。携帯を耳にしたまま、 大地の表情から血の気が引いていく。
「太陽が……?」
「もし、あいつが島を出ることになったら、加藤緑も最後だぞ。わかっているな」
藤堂CEOの言葉に、大地は思わず携帯を落としてしまった。
プレイヤーに選ばれなかった南部大地にも、両親役はいた。 年上とはいえ、彼らはリーダーの大地からすれば部下になる。 仕事である以上、リーダーには頭が上がらないものだ。
大地は将来のリーダーになるために、 藤堂から、
「誰にも心を許すな。誰も信じるな」
と、暴力と脅しと洗脳によって育てられてきた。
だから、大地はずっとひとりぼっちだった。周りは敵ばかり。心を許せる者も、信じられる者もひとりとしてできるはずがない。
そんな大地にとって、たとえ ゲームでも、たとえ家族ごっこでも、本当の親子だと信じきってる太陽が羨ましかった。
何よりも、そう思っている自分が悔しいし、だからこそ、太陽を許せないのだ。
だが、大地自身、心のどこかで疑っていた。
お前は本当に太陽を憎み切れるのか? 本当は憎むことも許すこともできない中途半端な自分を責めているのではないか、と。
だからこそ、更に自分の心を鞭で撃ち、悪ぶるしかないのだ 。
ボートの上で、大地は和雄の目の前に銃を突きつけた。
「だ、大地、やめてよ」
太陽の心からの叫び声は、当然大地にも届いている。
だからなんだ? と、心の中で言い捨てる。
「太陽、お前が守ろうとすればするほど、全員が傷つくんだ。よく見ておけ」
次に、大地は銃を和雄の鼻先に押し付けた。
「二人とも、海に飛び込め」
大地の事情と性格を知っているだけに、和雄と美子は海に飛び込んだ。
「あ、父さん、母さん……」
反射的に、太陽は海上で浮いている両親に向かってボートを漕ぐ。
「太陽、来るな」
和雄の必死の叫びは太陽にも聞こえている。
「あなたは逃げて」
美子の切なる願いも届いている。
それでも太陽はボートを漕ぐ。両親に向かって。
そんな太陽の姿を見ながら、大地が大声で笑い飛ばす。
「太陽、結局お前は逃げられないんだよ」
再び、ボートのエンジンをかけた大地は、スピードをどんどん上げていく。そして、ついに太陽のボートに激突した。
大地のボートは大きくて頑丈だから衝撃も少ないが、太陽の手漕ぎボートは小さい上に軽く、しかも横からという弱い部分に衝突され、大きくぐらつく。
精神的にも、突っ込む側という主導権がある分、大地が有利である。
その上、頭の中が両親のことでいっぱいの太陽には、不意打ちのようなものだから、痛手は大きいはずだ。
それでも、何とかボートを立て直した太陽は、会場で溺れそうな両親に向かってボートを漕ぐ。大地の存在を無視するかのように、横目も降らず。
「父さん、母さん……」
と必死で叫びながら。
この自分をバカにしたような態度が、大地には頭にくる。
俺を無視するな。
俺を見ろ、と。
遂に、大地の顔から余裕の笑みが消えた。
「何故だ? 何故だ? 何故だ?」
大地は悲鳴にも似た叫び声をあげる。
太陽の親子ごっこも、今までなら、「ゲームとも知らないで…」と、 心の中でバカにして笑っていられた。大地にとって、それが唯一の平常心を保つ支えだったのだ。
しかし、太陽はゲームの親だと知った今でも、両親を愛している。
緑も複雑な心境ながら、結局両親を守ろうとした。
つまり、太陽と緑には家族がいる。互いに守り守られる存在でもある。
その上、 俺まで守ってやりたいだと?
ふざけるな! それは傲慢だ。屈辱だ。
じゃ、俺に残されたものは何だ? 裏切り者の烙印だけだ。
今更、全てをなかったことにできるわけがない。
「俺はお前が大嫌いだ。一緒にいるだけでヘドが出る」
「ぼくは大地が大好きだよ」
「俺はお前が憎かった。ずっとずっと憎かった」
売り言葉に買い言葉。つい言ってしまうってこともあるよな、と大地は頭をかすめるが、口に出してしまった以上、今更取り返しはつかないと、自分に言い聞かせる。
「ぼくが悪いなら謝るよ。ごめんなさい。だから、ぼくはずっと大地と一緒にいたい」
「俺が憎んでいると言っているのに、どうしてそんなことが言えるんだ。バカにしているのか?」
太陽、お前は何もわかっていない。リアル子育てゲームの本当の意味も、何故お前がキャラクターにされたかも、両親や俺たちがどんなにひどい人間かも全然わかっていない。
そして、一番大事なこともわかろうとしない。
「一番、お前を騙してきたのは誰だ? 裏切り者は誰だ? そうだ。それは俺だ。いい加減わかれ!」
そう叫んでやっと、大地は悟った。
(俺はいつか太陽から憎まれると思っていた。だが、先に太陽から憎まれるのは怖すぎるから、俺の方から憎もうとしたに違いない。俺が憎んでいるんだから、太陽から憎まれても当然だと、思い込もうとしたのだ。
自分勝手だと思う。逆の立場なら、我が儘もいい加減にしろと激怒するだろう。
わかっているわかっているわかっている。だが……。)
そこまで考えて、大地は太陽の癖が移ったと気づいた。
何故なら太陽が、
「わかんないわかんないわかんないよー!」
と、3回繰り返してきたからだ。
「どうして大地が悪いの? どうして大地を好きじゃいけないの? どうして一緒にいられないの?」
「お前はガキか!」
大地はそう叫ぶが、本当は誰よりも太陽を理解しているつもりである。
感情豊かな太陽の心の中には、大好きが溢れているのだ。その気持ちがあまりにも偉大すぎて、それに値するだけの言葉が見つからない、というより、 太陽にとって大好きな気持ちと同等の言葉など存在しないのかもしれない。
それだけ、気持ちが素直なのだ。太陽は自分のバカな部分も、ダメなところも隠そうとしない。それはそれとして素直に受け止め、大好きを気持ちで訴えようとする。邪念が少ない 分、周りの人々にストレートに伝わるのだろう。
「ガキにはお手上げだよな」
そう苦笑すると、 肩から力が抜けていくのを感じた。今まで複雑怪奇に思えた自分の運命も、バカバカしく思えるからだ。
太陽と一緒なら人生をやり直せるかもしれない、と甘い考えが浮かんだときだった。
突然、 携帯の呼び出し音が響き渡った。誰かはわかっている。だから、 大地の顔からみるみる血の気が引いていく。
しかも、この携帯は特注なのだろう。ポケットに入ったままなのに、低温でよく響く藤堂の声が大音量で怒鳴ってきた。
「大地、まさか太陽の情が移ったんじゃないだろうな。お前の行動に緑の命がかかっていることを忘れるな」
大地は究極の選択を迫られることになった。
緑を取るか?
太陽を取るか?
結果は最初から決まっている。だが、行動に移すのはまた別問題だ。
一度、肩から力が抜けた分、 太陽から大好きだと言われて喜んだ分、より多くの憎しみを必要とする。その分をチャージしなければならない。
大地は自分に言い聞かせる。
全て太陽のせいだ。自分がプレイヤーに選ばれなかったのも、緑が自分を愛さないのも、不幸のすべてが太陽のせいだ。
太陽を恨め。憎め。今まで以上に、と。
「太陽、緑を守れるのはお前じゃない。俺だけだ。それだけは絶対譲れない。たとえ、悪魔に魂を売り飛ばしてもな」
大地はボートのエンジンをかけ、太陽をめがけて発進させる。
「やめろー」
「やめてー」
和男や美子の祈る声も、もはや聞こえていない。
今の大地は怒ってもいなければ、笑ってもいない。ただ、据わった目が今度は本気だと語っている。
大きなボートが、全速力で太陽のボートの横っ腹に向かって進んでいく。大地の叫び声と共に。
「行け行け行けー!」
再び、弱点を突かれた小さな手漕ぎボートは横転し、太陽の体は水中に投げ出された。
しぶとい太陽のことだ。きっと浮き上がってくるに違いない。そうしたら、「ざまぁみろ」と笑ってやる。
大地は、そのときを今か今かと待つ。が、太陽の体が浮いてこない。
そういえば、太陽が海に投げ出されるとき、頭をボートの先端にぶつけたような、と今更ながらに気づく。
まさか、太陽は今頃、水中に沈んでいるということか?
「そんなはずはない。お前は悪運が強い男だ。こんなところでくたばる奴じゃない。そうだろう、太陽!」
大地は腹から叫ぶ。
しかし、応答はない。
暑くて汗まみれなのに、体の芯が寒くてたまらないという芸当を経験し、慌てているときだった。
ふと、海上から視線を上げた大地が突然、「あれは何だ?」と気づいた。
そこには大きなクルーザーが停泊していた。そのデッキから、大型のライトが海を照らしている。
こんなところで何をしているんだ?
大地が見ていると、暗い海上で揺れる丸い明かりの中に、何かを抱きかかえたまま泳いでいるダイバーたちの姿が浮かび上がった。
一体、何を運んでいるんだ?
暫く見ていた大地が、「あー」と雄叫びを上げた。
「太陽……」
その体がクルーザーのデッキに引き上げられていくではないか。
まさか、これも藤堂の仕業なのかと思ったが、それにしてはおかしい。
思わず、大地はクルーザーに向かい仁王立ちした。
「何をしているんだ? ここはTSゲームカンパニーの所有地だぞ。出て行け」
と大地が怒鳴る。
クルーザーのデッキに、白いスーツ男が出てきた。初めて見る顔だが、いやに余裕のある30代といった感じだ。
大地を見下ろし、不敵に微笑んでいる。
「 何をいきがっている。後ろをよく見ろ」
大地が振り返ると、そこには、『TSゲームカンパニーの所有地につき、関係以外立ち入り禁止』の看板が浮いていた。
つまり、既にTSゲームカンパニーの領域を超えたことになる。
「くそ!」
そう叫んだ大地は、ボートの甲板の上に大の字で寝転び、空を見上げた。
そして、いつものように、フンと鼻先で苦笑する。が、直ぐに腹を抱え大声で笑いだした。
自分でも何がおかしいのか、わからないまま。
聡はすぐにテログループの自爆テロ要員になるだろう。残された緑はどうなるのだ?
心配と不安が渦巻く中、聡を捉えてバンに乗り込んだ、ちょうどその直後だった。藤堂から携帯に電話がかかってきたのは。
「聡を確保しました……え? 緑を? ちょっと待ってください。緑はまだ使います…… CEO、CEO ……」
電話は無情にも切れた。
「クソ!」
大地は運転席のソファーの裏を思いっきり殴るしかなかった。
緑はどうなったんだ?
もしかしたら、一旦家に帰されているかもしれないと期待を込めて、大地は自宅に戻った。が、そこには緑の姿はなかった。梓もいない。
仕方なく、上がりかまちで待つことにした。
数分後、玄関のドアを開け、中に入ってきたのは梓だけだった。
梓は一瞬驚いたが、直ぐに平静を装う。大地の刺すような視線から、怒りを感じ取ったのだろう。
「梓、緑をどうした?」
梓も負けてはいない。鋭い眼差しで見返してくる。
「それを聞いてどうするつもり?」
睨みつけているのに、梓の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。
大地も梓の気持ちには気づいている。
好きな人を悲しませて、苦しめて嬉しいはずがない。それでも、そうせざるを得ないのは、 守るためだと信じているからだろう。
その気持ちは大地にもわからないはずがない。なぜなら、大地も同じだからだ。ただ、思う相手が違うだけだ。
しかし、それが絶対的な違いだけに、運命の皮肉を感じる。
だから、悪いと思うが、梓の望む言葉を口に出すことはできない。
一方、梓は感情を最優先するのだろう。
「CEOの命令は絶対なのよ。 それはあなたが一番知ってるでしょ。もう、あんなかわいそうなあなたを見たくないの」
「だからって、緑を……」
梓は、それ以上聞きたくないと思ったのだろう。首を左右に振る。
「あたしには、あなた以外誰も関係ないわ」
ついに、梓の瞳から大粒の涙が頬を伝って流れ落ちる。
泣けるだけでも羨ましい、と大地は思った。
そこへ、携帯電話の着信音が響き、大地が慌てて出る。携帯を耳にしたまま、 大地の表情から血の気が引いていく。
「太陽が……?」
「もし、あいつが島を出ることになったら、加藤緑も最後だぞ。わかっているな」
藤堂CEOの言葉に、大地は思わず携帯を落としてしまった。
プレイヤーに選ばれなかった南部大地にも、両親役はいた。 年上とはいえ、彼らはリーダーの大地からすれば部下になる。 仕事である以上、リーダーには頭が上がらないものだ。
大地は将来のリーダーになるために、 藤堂から、
「誰にも心を許すな。誰も信じるな」
と、暴力と脅しと洗脳によって育てられてきた。
だから、大地はずっとひとりぼっちだった。周りは敵ばかり。心を許せる者も、信じられる者もひとりとしてできるはずがない。
そんな大地にとって、たとえ ゲームでも、たとえ家族ごっこでも、本当の親子だと信じきってる太陽が羨ましかった。
何よりも、そう思っている自分が悔しいし、だからこそ、太陽を許せないのだ。
だが、大地自身、心のどこかで疑っていた。
お前は本当に太陽を憎み切れるのか? 本当は憎むことも許すこともできない中途半端な自分を責めているのではないか、と。
だからこそ、更に自分の心を鞭で撃ち、悪ぶるしかないのだ 。
ボートの上で、大地は和雄の目の前に銃を突きつけた。
「だ、大地、やめてよ」
太陽の心からの叫び声は、当然大地にも届いている。
だからなんだ? と、心の中で言い捨てる。
「太陽、お前が守ろうとすればするほど、全員が傷つくんだ。よく見ておけ」
次に、大地は銃を和雄の鼻先に押し付けた。
「二人とも、海に飛び込め」
大地の事情と性格を知っているだけに、和雄と美子は海に飛び込んだ。
「あ、父さん、母さん……」
反射的に、太陽は海上で浮いている両親に向かってボートを漕ぐ。
「太陽、来るな」
和雄の必死の叫びは太陽にも聞こえている。
「あなたは逃げて」
美子の切なる願いも届いている。
それでも太陽はボートを漕ぐ。両親に向かって。
そんな太陽の姿を見ながら、大地が大声で笑い飛ばす。
「太陽、結局お前は逃げられないんだよ」
再び、ボートのエンジンをかけた大地は、スピードをどんどん上げていく。そして、ついに太陽のボートに激突した。
大地のボートは大きくて頑丈だから衝撃も少ないが、太陽の手漕ぎボートは小さい上に軽く、しかも横からという弱い部分に衝突され、大きくぐらつく。
精神的にも、突っ込む側という主導権がある分、大地が有利である。
その上、頭の中が両親のことでいっぱいの太陽には、不意打ちのようなものだから、痛手は大きいはずだ。
それでも、何とかボートを立て直した太陽は、会場で溺れそうな両親に向かってボートを漕ぐ。大地の存在を無視するかのように、横目も降らず。
「父さん、母さん……」
と必死で叫びながら。
この自分をバカにしたような態度が、大地には頭にくる。
俺を無視するな。
俺を見ろ、と。
遂に、大地の顔から余裕の笑みが消えた。
「何故だ? 何故だ? 何故だ?」
大地は悲鳴にも似た叫び声をあげる。
太陽の親子ごっこも、今までなら、「ゲームとも知らないで…」と、 心の中でバカにして笑っていられた。大地にとって、それが唯一の平常心を保つ支えだったのだ。
しかし、太陽はゲームの親だと知った今でも、両親を愛している。
緑も複雑な心境ながら、結局両親を守ろうとした。
つまり、太陽と緑には家族がいる。互いに守り守られる存在でもある。
その上、 俺まで守ってやりたいだと?
ふざけるな! それは傲慢だ。屈辱だ。
じゃ、俺に残されたものは何だ? 裏切り者の烙印だけだ。
今更、全てをなかったことにできるわけがない。
「俺はお前が大嫌いだ。一緒にいるだけでヘドが出る」
「ぼくは大地が大好きだよ」
「俺はお前が憎かった。ずっとずっと憎かった」
売り言葉に買い言葉。つい言ってしまうってこともあるよな、と大地は頭をかすめるが、口に出してしまった以上、今更取り返しはつかないと、自分に言い聞かせる。
「ぼくが悪いなら謝るよ。ごめんなさい。だから、ぼくはずっと大地と一緒にいたい」
「俺が憎んでいると言っているのに、どうしてそんなことが言えるんだ。バカにしているのか?」
太陽、お前は何もわかっていない。リアル子育てゲームの本当の意味も、何故お前がキャラクターにされたかも、両親や俺たちがどんなにひどい人間かも全然わかっていない。
そして、一番大事なこともわかろうとしない。
「一番、お前を騙してきたのは誰だ? 裏切り者は誰だ? そうだ。それは俺だ。いい加減わかれ!」
そう叫んでやっと、大地は悟った。
(俺はいつか太陽から憎まれると思っていた。だが、先に太陽から憎まれるのは怖すぎるから、俺の方から憎もうとしたに違いない。俺が憎んでいるんだから、太陽から憎まれても当然だと、思い込もうとしたのだ。
自分勝手だと思う。逆の立場なら、我が儘もいい加減にしろと激怒するだろう。
わかっているわかっているわかっている。だが……。)
そこまで考えて、大地は太陽の癖が移ったと気づいた。
何故なら太陽が、
「わかんないわかんないわかんないよー!」
と、3回繰り返してきたからだ。
「どうして大地が悪いの? どうして大地を好きじゃいけないの? どうして一緒にいられないの?」
「お前はガキか!」
大地はそう叫ぶが、本当は誰よりも太陽を理解しているつもりである。
感情豊かな太陽の心の中には、大好きが溢れているのだ。その気持ちがあまりにも偉大すぎて、それに値するだけの言葉が見つからない、というより、 太陽にとって大好きな気持ちと同等の言葉など存在しないのかもしれない。
それだけ、気持ちが素直なのだ。太陽は自分のバカな部分も、ダメなところも隠そうとしない。それはそれとして素直に受け止め、大好きを気持ちで訴えようとする。邪念が少ない 分、周りの人々にストレートに伝わるのだろう。
「ガキにはお手上げだよな」
そう苦笑すると、 肩から力が抜けていくのを感じた。今まで複雑怪奇に思えた自分の運命も、バカバカしく思えるからだ。
太陽と一緒なら人生をやり直せるかもしれない、と甘い考えが浮かんだときだった。
突然、 携帯の呼び出し音が響き渡った。誰かはわかっている。だから、 大地の顔からみるみる血の気が引いていく。
しかも、この携帯は特注なのだろう。ポケットに入ったままなのに、低温でよく響く藤堂の声が大音量で怒鳴ってきた。
「大地、まさか太陽の情が移ったんじゃないだろうな。お前の行動に緑の命がかかっていることを忘れるな」
大地は究極の選択を迫られることになった。
緑を取るか?
太陽を取るか?
結果は最初から決まっている。だが、行動に移すのはまた別問題だ。
一度、肩から力が抜けた分、 太陽から大好きだと言われて喜んだ分、より多くの憎しみを必要とする。その分をチャージしなければならない。
大地は自分に言い聞かせる。
全て太陽のせいだ。自分がプレイヤーに選ばれなかったのも、緑が自分を愛さないのも、不幸のすべてが太陽のせいだ。
太陽を恨め。憎め。今まで以上に、と。
「太陽、緑を守れるのはお前じゃない。俺だけだ。それだけは絶対譲れない。たとえ、悪魔に魂を売り飛ばしてもな」
大地はボートのエンジンをかけ、太陽をめがけて発進させる。
「やめろー」
「やめてー」
和男や美子の祈る声も、もはや聞こえていない。
今の大地は怒ってもいなければ、笑ってもいない。ただ、据わった目が今度は本気だと語っている。
大きなボートが、全速力で太陽のボートの横っ腹に向かって進んでいく。大地の叫び声と共に。
「行け行け行けー!」
再び、弱点を突かれた小さな手漕ぎボートは横転し、太陽の体は水中に投げ出された。
しぶとい太陽のことだ。きっと浮き上がってくるに違いない。そうしたら、「ざまぁみろ」と笑ってやる。
大地は、そのときを今か今かと待つ。が、太陽の体が浮いてこない。
そういえば、太陽が海に投げ出されるとき、頭をボートの先端にぶつけたような、と今更ながらに気づく。
まさか、太陽は今頃、水中に沈んでいるということか?
「そんなはずはない。お前は悪運が強い男だ。こんなところでくたばる奴じゃない。そうだろう、太陽!」
大地は腹から叫ぶ。
しかし、応答はない。
暑くて汗まみれなのに、体の芯が寒くてたまらないという芸当を経験し、慌てているときだった。
ふと、海上から視線を上げた大地が突然、「あれは何だ?」と気づいた。
そこには大きなクルーザーが停泊していた。そのデッキから、大型のライトが海を照らしている。
こんなところで何をしているんだ?
大地が見ていると、暗い海上で揺れる丸い明かりの中に、何かを抱きかかえたまま泳いでいるダイバーたちの姿が浮かび上がった。
一体、何を運んでいるんだ?
暫く見ていた大地が、「あー」と雄叫びを上げた。
「太陽……」
その体がクルーザーのデッキに引き上げられていくではないか。
まさか、これも藤堂の仕業なのかと思ったが、それにしてはおかしい。
思わず、大地はクルーザーに向かい仁王立ちした。
「何をしているんだ? ここはTSゲームカンパニーの所有地だぞ。出て行け」
と大地が怒鳴る。
クルーザーのデッキに、白いスーツ男が出てきた。初めて見る顔だが、いやに余裕のある30代といった感じだ。
大地を見下ろし、不敵に微笑んでいる。
「 何をいきがっている。後ろをよく見ろ」
大地が振り返ると、そこには、『TSゲームカンパニーの所有地につき、関係以外立ち入り禁止』の看板が浮いていた。
つまり、既にTSゲームカンパニーの領域を超えたことになる。
「くそ!」
そう叫んだ大地は、ボートの甲板の上に大の字で寝転び、空を見上げた。
そして、いつものように、フンと鼻先で苦笑する。が、直ぐに腹を抱え大声で笑いだした。
自分でも何がおかしいのか、わからないまま。