第3話
文字数 2,131文字
「ここはカナエが作り出した呪われた亜空間でス。」
逃げ込んだ先の部屋でトーマスが話す。
「彼女は花嫁になり損ねた女でネ。花婿と指輪交換するまでその呪いは解けないのでス。」
突拍子もない話だけど、こうもおかしなことばかり起こるのだから信じざるを得ない。
「その花婿が伸二ってわけ。そんなのだめよ、伸二は私の旦那なんだから。」
思わず反論する。あんな女と結婚なんて私が許さない。
「どうしたら伸二を助けられるの。」
「指輪を発見すればよいのでス。指輪は現在行方不明でネ。式までに発見し、彼女に渡すことができたら彼の命は助かるでしょウ。」
「待ってよ、でもそれって…」
「…そうでス。彼は正式にカナエの花婿となり、一生この教会で生きていくこととなりまス。」
「そんなの絶対にダメよ。」
「大丈夫。あなたのことは忘れて幸せに暮らしていくでしょウ。」
「全然大丈夫じゃない…」
納得できなくて、ぼそりとつぶやく。
「彼に残された道はカナエの花婿となって生きるか、ならずに殺されるかの二択です。
…お辛いでしょうが、あなたが選ぶしかないのです。」
じわりと涙があふれだす。どうしてこうなっちゃったんだろう。私たちはただ、幸せになりたかっただけなのに。こんなところ来なけりゃよかった。
「先ほど指輪の行方が分からないとお話しましたネ。ですが、一つは見当がついているのでス。」
「…どこなの。」
鼻声で尋ねる。
「ウエディングケーキの中でス。そもそもこの結婚式はカナエのものではなく、別のカップルが開催する予定のものだったんでス。なのでカナエはその在りかを知らなイ。」
「どうしてあなたが知っているの?」
「私は元はと言えばそのカップルに雇われた牧師でしテ、その時に小耳にはさんだのでス。ケーキの中に指輪を隠しているト。なので厨房に向かい、ケーキの中からそれを取り出してくる必要がありまス。」
「…もう一つは?」
「すみません、もう一つは全く見当もつかないのでス。というのも私は式の当日カナエに殺されておりまして、彼女の呪いに巻き込まれて以降外の様子がわからないのでス。」
この人はもう死んでいるんだ。そう思うと急に怖くなり身震いをした。
「この空間はカナエが作り出した亜空間と言いましたネ。ですが、ここには現実のものがいくつか存在しているのでス。」
「なんなの?それは。」
「指輪とあなたたち夫婦でス。逆に言えばそれ以外のものはでたらめで、呪われた虚像なのでス。興味本位で触れたり、信用してはいけませン。」
「あ、私は大丈夫ですヨ。現実のものではありませんが、呪われていないのデ。」
安心してくださイ、と言うとトーマスは懐から時計を取り出した。
「今現在8時40分。あと2時間弱で式が始まりまス。それまでに指輪を見つけてくださイ。」
「待ってよ、そんな急に決断なんてできないよ…。」
「…今まで数多くのカップルがカナエの犠牲となってきましタ。彼女との婚約なんて見てられないと捜索を放棄する方も多くいましたが、最後は必ず後悔しておられましタ。」
「彼の笑顔を、もう見られなくてもよいのですカ。」
残酷な質問に心がずきりと痛む。答えなんて、一つしかないじゃない。
「決断するのは指輪を見つけてからでも遅くありませン。とりあえず指輪を見つけることに全力を注ぎましょウ。見つけた後、自分の心と十分相談してくださイ。」
「指輪、がんばって探す…。」
ぽつりと言葉を絞り出す。何か話そうとするとしゃくりあげてしまいそうだ。
「お辛いでしょうが、がんばりましょう。」
「一緒に探してくれる?」
そう尋ねると、トーマスは首を横に振った。
「私はこれからしばらくカナエに拘束されます。式の段取りを確認されるのデ。」
「そんな、一人ぼっちなんて耐えられないよ…。」
予想もしなかったことが次々に起こり、心が折れてしまいそうだ。
ぐすぐすと泣いているとトーマスが私の肩を掴む。
「あなたは一度カナエの追手から逃げ切っタ。本当に強い女性でス。大丈夫、あなたなら彼を救えル。」
「私もできる限り時間稼ぎをしまス。ともに戦いましょウ。」
【カツンカツン】
突然階段を上る音が鳴り響く。
「カナエが呼びに来たみたいでス。」
心臓がばくりと脈打つ。
トーマスが急いで部屋の窓を開ける。
「ここから出てくださイ。」
「二階だよ、ここ!」
下を覗くと8.9メートルはある。ここから飛び降りたら探すどころではなくなってしまう。
「式に支障が出ない範囲だと、少しだけ空間をゆがめることができるんですヨっ。」
トーマスが外の木に手をかざすと、枝がにょきにょきと生え始めた。
「この枝をつたって降りテ!早ク!」
足音が近づく。もうそこまでカナエが来ているのだ。
(行くしかない!)
思い切って枝へと飛び移る。
足を滑らせそうになったが、必死に幹にしがみつく。
窓からはカナエに連れていかれるトーマスが見える。
(なんとしても指輪見つけなきゃ…)
ゆっくりと降りて、なんとか地面に足をつけた。道は細く、敷地外へと出ることはできないみたいだ。
(まずは厨房ね。)
悩んでいる時間はない。
服についた土をパンパンと払い、覚悟を決め駆け出した。