第9話

文字数 1,431文字

「新婦カナエ、あなたは伸二を夫とし、健やかなるときも、病めるときも、共に助け合いその命ある限り真心を尽くすことを誓いますか。」

「はい、誓います。」

トーマスの問いにカナエがにたりと笑みを浮かべながら答える。骨が顔から飛び出ていてとにかく気色が悪い。

「新郎伸二も誓いますか。」

すると無表情でうつろな目をした伸二がゆっくりと口を開く。

「はい、誓います。」

ずきりと胸が痛む。
その言葉を受けるのは私のはずだったのに。

「それでは、誓いのキスを。」

下を向き目をぎゅっと閉じる。
今日一番辛い時間だ。
腕の痛みに集中してなんとか意識をそらす。
何時間にも感じられる時間が過ぎ、周りから歓声が飛び交った。

「それでは、指輪交換に移ります。」

(え、もう…)

ドクンと心臓が脈打ち、顔を上げる。
交換したら最後だ。もう元には戻れない。

伸二の顔をじっと見つめる。
笑った時にできる目元の小じわが大好きだった。優しい声で名前を呼んでくれるのが大好きだった。
できることなら、一緒に生きていたかった。

でも、もう終わりにしなくちゃ。

「幸せになってね。」

涙をなんとかこらえ、精一杯ほほ笑みながらつぶやく。

すると、伸二の指が小刻みに動き出した。よく見ると一定のリズムで手の甲をたたいている。

【ト・トン・トン・ト・トン・トン・ト・トン・トン・トン・ト】

このリズム。

覚えている。手をつないでいる時、いつも私の手の甲を軽く叩いてきた。
なんのリズムなのか気になって尋ねたことがある。

「これはモールス信号だよ。」

伸二はへらりと笑って答えた。高校生の時に見た戦争映画でそれを知ってから、覚えたらしい。

「今のリズムはね、ナナセって打ってた。」

そう、ナナセだ。
今伸二が叩いているのはモールス信号で間違いない。

もう一度伸二の指を凝視する。

【トン・トン・ト・トン・トン】

これはアだ。

【ト・トン】
これは確かイ。

【トン・トン・ト・トン・ト】
これは…シ。

続きは見なくても分かる。

どうしようもなく不安で眠れない夜、子守歌のように優しくたたいてくれた。

【愛してる】

涙があふれだす。
カナエに操られていても、必死で私に伝えてくれた。
私のことを愛し続けてくれていた。

(だめだ…。)

離れるなんてできない。

あの女との幸せなんてどうしたって祈ってられない。

パチパチと拍手が鳴り響く。

カナエの指にはもうすでに指輪が付けられていた。

伸二の指にはまだついていない。

「それでは、新婦よりどうぞ。」

これから伸二の指に通されるんだ。
カナエが台座から指輪を取り出し、伸二の腕を掴む。

[ななちゃん]

優しい声が脳に木霊する。

気づいた時には椅子を蹴り飛ばしていた。

懐からハンマーを取りだし、2人の元に向かって走り出す。

ごめん、伸二。

幸せなんて願ってやれない。

周りの客が一斉にこちらを見てきたけど、気にしてなんかいられない。

「この陰湿女がああああああ!」

全力で走り抜ける。

トーマスが目を魚のように丸くしているのがわかる。

トーマスの努力も、妙子さんの苦しみも、伸二の命さえも踏みにじろうとしている。

最低最悪の女だ、自分。

だけど、このままカナエと伸二の結婚を見過ごすわけにはいかない。

伸二は私を愛しているし、私も伸二を愛しているからだ。

これ以外に理由なんてない。

「地獄に落ちろ!!!!

カナエの薬指にめがけてハンマーを振り下ろす。

ゴッという鈍い音とともに、指輪が砕け散った。

 
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登場人物紹介

相沢七瀬 23歳

明るく活発な女性。

カナエに奪われた伸二を助けようと、恐怖の中奔走する。

相沢伸二 25歳

いつも穏やかで優しい好青年。

カナエに意識を操られ、抵抗できない。

何年も前から教会に巣くう亡霊。

七瀬から花嫁の座を奪い、伸二と結婚をしようと画策する。

式で誓いの言葉を述べる牧師・トーマス。

実はカナエに殺されていた。

七瀬が指輪探しをしている間、式までの時間稼ぎを行う。

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