第8話

文字数 1,808文字

二つの指輪を握りしめ、庭を後にする。
早く式場に届けなくては。

「あいつらに見つかったらまずいわよね。」

脳裏にカナエやその側近たちが浮かぶ。
見つかればまた襲われるかもしれない。

「何か隠れられる物を見つけないと。」

そう思い、すぐ近くにあった小さな倉庫に近寄る。
引き戸をガラガラと開けると、そこには庭手入れに使うような道具が所狭しと並んでいた。

「レインコートがある。」

奥に掛かっていた黒いレインコートを手に取り着る。顔をフードで隠せばきっとばれないはず。

「後は何をもっていこう。」

剪定ばさみや鍬などが目につくが、大きすぎて悪目立ちしてしまうかもしれない。

「これなら隠せるわ。」

そうつぶやきながら手にした小型のハンマーをコートの中に忍ばせ、倉庫を出る。

教会に入り、先に見たウェルカムボードを横目に人込みをかき分ける。

しばらく進むと、数人の列ができていた。

「(しまった…。)」

その光景に思わず顔を手で覆う。

そこには受付があり、名簿と照会をしていたのだ。

「(すっかり忘れてた、式には受付がつきものよね。」

「私は招待されてないから、受付を通れない…。)」

予想もしていなかった出来事につまづく。
受付を済ませた後の通路は狭くて、こっそり入ればすぐにばれるだろう。
会場に入れそうな窓もない。

その場に立ち尽くしていると、近くのおじさんに並べと促される。
どうしようもなくて流されるままに列に並ぶ。

「(どうしよう、まさかこんなところでつまずくなんて…。)」

解決法を考えている間に、あと1人のところまで来てしまった。

名案を思い付くことなく、とうとう受付の女と対峙する。

「お名前は。」

どうしようもなくて思わず下を向く。
一か八か、ありそうな名字を言うしかない。
そう思い、唇を開いた瞬間、

「彼女は僕の招待客なんですヨ。なので通して差し上げてくださイ。」

低いテノール音が響く。

「…わかりました、牧師様。」

はっと顔を上げると、聖書を手にしたトーマスが立っていた。
助けに来てくれたんだ。
ぎゅっと胸が熱くなる。そうだ、私には心強い味方がいたんだ。

受付で席次表を受け取り、入り口へと向かう。

「ありがとう、トーマス。私もうここで終わりかと思ったわ。」

大声を出しては目立ってしまうので、こっそりささやく。

「いいえ。感謝するのはこちらでス。まさか本当に指輪を見つけてしまうとハ。
がんばりましたネ、ナナセ。」

トーマスの笑みにつられて思わず自分も微笑む。

「カナエのそばから離れて大丈夫なの。」

そう尋ねると、彼は人差し指を唇に当てた。

「ちょうど控室から出たところだったんでス。間に合ってよかっタ。」

控室を出たということは、もうすぐに式が始まるのかもしれない。

「随分ケガをされてますネ。大丈夫ですカ。」

トーマスの問いに、ガラスに映った自分の顔を見る。土や擦り傷で随分と汚い。

「こんなのただのかすり傷よ。私は大丈夫。」

グイっと顔を拭う。クリームで火傷をした手首はかなり痛むが、今はそれどころではない。

「それより、指輪どこに置けばいいの。」

そう言うと、トーマスがすっと前を指さす。

「中央に台座があるでしょウ。あそこでス。」

中央にはディティールのこった机と台座が設置されていた。

「指輪は私がおいておきまス。もう式がはじまるのでネ。」

そう言われ指輪を渡す。血がこびりついていたみたいで、トーマスがハンカチでふき取る。

「ナナセは後ろの方の席に座っておいてくださイ。お辛ければ、式場の外に出ておられても構いませン。」

「…いいえ。最後まで見届けてやるわ。」

ぎゅっと拳を握る。ここまできて逃げるなんてこと、私にはできない。

「…それでこそナナセでス。それでは、お気をつけテ。」

「…あなたもね。」

そう言い交わし、お互いに背を向けた。

後ろの方の席に座る。
しばらくすると、会場のライトが暗くなった。

〈大変長らくお待たせいたしました。新郎新婦の入場です。〉

会場にアナウンスが響き渡り、扉が拍手とともに開く。

カナエとうつろな顔をした伸二がライトに照らされながら腕を組み入場する。

思わず立ち上がってカナエに殴りかかりそうになったが、すんでのところで耐える。

「(後は見届けるだけよ、七瀬。)」

じっと入場を見ながら、自分に言い聞かせる。

とうとう式が始まった。
私と伸二の別れが、すぐそこまで来ている。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

相沢七瀬 23歳

明るく活発な女性。

カナエに奪われた伸二を助けようと、恐怖の中奔走する。

相沢伸二 25歳

いつも穏やかで優しい好青年。

カナエに意識を操られ、抵抗できない。

何年も前から教会に巣くう亡霊。

七瀬から花嫁の座を奪い、伸二と結婚をしようと画策する。

式で誓いの言葉を述べる牧師・トーマス。

実はカナエに殺されていた。

七瀬が指輪探しをしている間、式までの時間稼ぎを行う。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み