第4話
文字数 2,439文字
「ここが厨房…。」
壁沿いを走るとすぐに厨房らしき部屋を見つけた。換気扇が回っている。
窓からこっそりとのぞくと、コックたちが料理を作っているのが見える。
さらに隣の部屋を覗くと、そこには色とりどりのスイーツとともにウエディングケーキがあった。
(スイーツを作る部屋と料理を作る部屋に分かれているのね。)
だけどどちらの部屋にも人がいて、迂闊にケーキに手が出せない。
(なんとか彼らを部屋から追い出すことができれば…。)
(どうしようかしら…ん?)
料理人が出来上がった料理を手に持ち廊下に出て、数十秒後に手を空にして戻ってきた。
「きっと料理をおいておく部屋があるんだわ。」
すると頭の中に考えが一つ浮かんだ。
(うまくいく保証なんてないけど、でも。)
この方法ならパティシエたちを追い出せるかもしれない。
(とりあえずその部屋に向かおう。)
靴ひもを結びなおし、少し離れた場所の窓を開け侵入する。
(控室かしら、ここは。)
誰もいなくて好都合だ。すぐに内側からドアを開け、廊下に出る。
そろりと歩きだすと、すぐ近くに料理が並べられている部屋があった。
(おそらく披露宴会場ね。)
飾り付けがされていて、いくつもの丸テーブルが置かれている。テーブルの上にはエビチリやローストビーフといった豪華な料理が並んでいた。
そのうち一つのテーブルの前に立ち、大皿に手をかける。
「本物じゃないなら、申しわけなく思う必要なんてないわ。」
手に力を込める。
【ガシャン!】
皿が地面に落ち、具材は地面に飛び散る。
すかさず隣のテーブルの大皿も落とす。
「おおい、何事だ!」
厨房から声がする。
急いでテーブルの下に隠れる。
「そんな、せっかく作った料理が…」
かけつけた料理人たちが呆然と立ち尽くしている。
「披露宴までに料理が完成してないなんて、そんなことあっていいのか。」
「そもそも誰がやったんだ。」
皆が思い思いに話し出す。
すると料理長らしき人物が大声で叫ぶ。
「犯人捜しをしている場合ではない、なんとしても作り直すぞ。」
「でも今から作り直す時間なんて…」
「パティシエたちに応援を頼もう。あっちはほとんど完成していただろう。」
「多少スイーツの見た目が悪くても、料理が足りないよりましさ。」
「…わかりました!力を合わせてがんばりましょう!」
彼らはおう!と掛け声をかけながら披露宴会場を去った。
「ふー、うまくいったわ。」
机の下からはい出る。一応作戦は成功だ。
後はケーキのある部屋から、パティシエたちが出て行ってくれることを祈るだけだ。
来た道を戻り、今度は勝手口から侵入する。
「よし、誰もいない…!」
パティシエたちは料理の応援に行ったようだった。
小さくガッツポーズをして、ケーキの前に立つ。
「うっ…!」
思わず口を覆う。
2段のウエディングケーキはドロドロと毒沼のような色をしており、隙間からはムカデが何匹もはい出ていた。
(遠くから見た時はこんなことなかったのに…!)
よく見ると表面には蛆虫がわいていて、近づいただけで異臭がする。
(きっとこのケーキは呪われているんだわ。)
トーマスが話していたことを思いだす。素手で触っては大変だ。
「うえっ」
思わずえづく。私はムカデが本当に苦手だ。
小学生の時、ムカデに鼻先をかまれたことがある。耐え難い激痛だった。
それ以来目にするだけで吐き気がするし、失神してしまいそうにもなる。
「この中に手を入れるなんて、絶対に無理…!」
ケーキの置いてある机から2歩3歩後ずさり、地面にうずくまる。
(…そういえば最近ムカデを見たのっていつだっけ。)
久しぶりに見た気がして、ふと思い返す。
(そうだ、一年前だ。)
あれは伸二と同棲を始めてすぐの頃。
冷蔵庫の下からにゅるりとはい出てきたヤツを私が見つけた。
トラウマを思い出し大絶叫して、伸二に泣きながらしがみついたんだ。
「大丈夫だよ。」
伸二はそういって殺虫剤であっという間にやっつけてくれた。
(すごく冷静に見えたけど、)
実は手を震わせていたことを覚えている。
虫類全体でいったら伸二の方が遥かに苦手だ。
ダンゴムにすら触れないと言っていた。
だけど、本気で私が怖がっているときはそんなの隠して守ってくれた。
(この時に初めて思ったんだ。すっごく単純だけど。)
この人と一緒に生きていきたいなって。
「そうだよ…。」
壁に手を当てズルズルと立ち上がる。
(私もあなたを守るためなら、なんだって乗り越えてやるわ。)
再びケーキの前に立つ。
台の下には下にゴム手袋が置かれていた。
きっちりとはめ、袖との隙間ができないようヘアゴムできつくしばる。
「ふーっ…!」
息を吐き、思いっ切り吸う。
そしてケーキ中に勢いよく手を突っ込んだ。
グニグニとした感触が腕にはしる。
気持ち悪さに耐え、真ん中まで貫通したところを手で探ると、固いものが指先に触れた。
(これだ…!)
ギュッとつかみ腕を引き出そうとする。
するとクリームがベタベタと粘着力を増し、ムカデたちが一気に腕に集まってきた。
「痛い!」
手袋と袖の隙間にクリームがしみる。肌に触れた部分がやけどをしたように熱くなり、思わず顔をゆがめる。
「このっ…!」
ケーキの乗っている机に足をかけ、思い切り蹴り飛ばす。
地面に落ちたケーキはジュワリと音を立て、あっという間に砂となった。
腕にまとわりついていたクリームも同様に砂となりこぼれ落ちる。
痛みに耐え、取り出した箱を開ける。
そこにはプラチナに輝く指輪が入れられていた。
(なんとか一つ手に入れたわ。)
砂を払い、箱ごとスカートのポケットに入れる。
汗でシャツが体にひっついて気持ちが悪い。
壁にかかる時計を見ると、すでに9時20分を過ぎていた。
早くもう一つを見つけないと式が始まってしまう。
「でも、もう一つはどうやって探せばいいのかしら。」
手がかりがなにもなくて、私はその場に立ち尽くしてしまった。