第6話

文字数 7,969文字

6.
今日は昨日のような騒ぎもないようで、特に問題なく保安検査場につく。いつものように気の詰まる一瞬。だが今日も今日とて問題はなく保安検査を通過する。新東京都側のゲート前に立つ。ビープ音とともに開いていく鉄の扉。そこから今では見慣れてしまった光景がのぞき―、おや、と私は眉を動かした。確かにそこは見慣れたはずの新東京都。だが今日はいささか様相が異なっていた。いたるところにポスターが張り付けられており、また道の両脇にはポケットティッシュを配る揃いのジャンパーを身に着けた集団が立っていた。

ポスターを見れば、昨日先生から見せられた青島伸二という男の横顔。笑みを浮かべた横顔だが、その政治主張の内容を知っている身としてはこちらをあざ笑っているようにしか見えない。そしてポスターの横には堂々たる標語。「強い新東京都を、取り戻す」「新東京都民のための政治を」の2種類があるようだ。強い新東京都、新東京都民のための政治、大いに結構。私たちアウターヘブンの人間はいつだって蚊帳の外というわけだ。いや、文字通り壁の外ということか。糞ったれ、と内心吐き捨てる。税金は私たちアウターヘブンの人間からも取り立てる癖に、それが注がれるのはもっぱら壁の中にだけ。それでGDPは上がっているのだから我々の政策は間違っていないと壁の中の人間は言うが、正直それがどうしたという話だ。GDPが上がろうが何だろうが、私には関係ない。大事なのは私の生活が豊かになっているかどうか。その点『壁』というのは糞だ。私たちがどれだけ頑張ろうが関係ない。壁の外の出身というだけで見下され、差別され、搾取される。壁の外の住人が壁の中の住人になる方法はないに等しい。壁の外の人間であっても努力次第では壁の中に行けるという初期のうたい文句はどこに行ったんですかねえ、と大声であざけってやりたい気持ちだ。勿論そんなことはしないが。

ポケットティッシュに挟まれていたチラシの内容も似たり寄ったりだ。いかに壁の中の人間が優秀で、壁の外の人間が愚かかということを力説している。生まれを誇るしか能のないクズどもめ。内心吐き捨てる。そりゃあ恵まれた環境で恵まれた教育を受けていれば、それはその日暮らしの人間よりは多少はマシな脳みそになるでしょうよ。私たちにはその機会すら与えられなかったのに。無性にイライラして仕方がない。許されるのなら、あたりのガラスを片端から叩き割って回りたい気分だ。まあそんなことはしないのだが。

まあそんな荒れた気分でも、足だけはいつもの通いなれた道を歩んでいく。今日は何とか工場に遅刻せずに済んだ。同僚達におはよう、と挨拶をして指定の場所につく。がっしょんがっしょんという音を立て動き出すベルトコンベアー。義足たちが流れてくる。いつもの作業。慣れた作業を繰り返しているうちに、先ほどあった苛立ちもどこか遠くに去り、ただひどく落ち着いた気分になっていることに気づいた。それでいいと内心思う。さっきまでの私は熱くなりすぎだ。あのまま「仕事」に及んでいたら手先が狂いかねなかっただろう。ひょっとしたら先生は、こうしたことまで見込んで敢えて丸一日工場を止めるのではなく、仕事に間に合う10時という時間を設定したのかもしれない。だとしたらやっぱり先生にはかなわないなと苦笑する。無心の作業の連続。どれだけ時間がたっただろう。ふと周囲が騒がしいことに気づいた。
主任が声を張り上げている。

「先ほど本工場に爆弾が仕掛けられたとの通報があったとの連絡が警察からありました。爆発物処理班が検査を行うため本日の業務は終了です。作業員は本日の給料を受け取り次第速やかに退室してください。繰り返します……」

時計を見る。10時ちょうどだ。先生の手配した人員は、ちゃんと仕事をしてくれたらしい。速やかに用具を片付け端末の前に並ぶ。ピロン、という音とともに本日の給料が振り込まれる。予想はしていたが、やはり少ない。ここだけで生活費を稼いでいる人は大変だろうな。そんなことを考え慌てて首を振る。いけない、そんなことを考えている場合ではない。私は私の任務に集中しなければ。

そんなことを考えていると列の向こうで未だ声を張り上げている主任と目があう。ペコリ、と申し訳なさそうに頭を下げる主任にこちらも頭を下げておく。主任はこれから大変だろう。中間管理職ゆえに、逃げ出すことすら許されない。工場の上役に対する事情説明に、警察の爆発物処理班の受け入れ。今夜は帰れないんじゃないか。そういや前、主任が生まれたばかりの娘が家に全然帰れないから全くなついてくれないと愚痴をこぼしていたのを思い出した。慌てて首を振り無駄な雑念を振り飛ばす。周りの同僚が奇妙なものを見る目で見てくるが、構うものか。それにしても、今日の私はどうしたというのだ。久々の「仕事」で勘がさび付いているのかもしれない。そんなことを考えつつ帰路につく群衆に紛れこむ。

もくもくと帰路につく群衆の中で、私はひそかに裏路地に続く通路の入り口に目を凝らす。先生の協力者の仕掛けた合図を探して。探すこと数分。やっと見つけた。

それは私の義眼の特定のフィルターのみに反応する液体で書かれたサインだった。見たところ揮発性の高いインクで記されているようで、私が処理しなくても後数分後には消えていることだろう。多分このタイミングで私の目に入るように先生がサインを記すタイミングも調整したのだ。やっぱりあの先生は計り知れないと考えつつサインのあった裏路地の忍び込む。

しばらく歩くとその裏路地は何もない行き止まりで、ただ古びたダストボックスがあるのみだった。だが私は慌てない。踵に仕込まれたソナーを起動すると、カツンと地面に叩きつける。増幅された音波が裏路地に広がり、跳ね返ってくるのを感じる。そして、見つけた。突き当りの壁と、ダストボックスの間の隙間。一見何もないように見えるその隙間に、それはあった。何もないはずの空間に手を突っ込めば、硬い手ごたえ。手先から解除コードを流してやれば立体ホログラムが震えて消え、中型のギターケースが現れた。中身を確認すれば、木目の美しいアコーデオンギターと、ビニール袋に入れられた着替え一式

これに着替えろということなのだろう。周囲に人影がないことを確認するとするりと着替える。ポーチから手鏡を取り出してみれば、そこにいたのはいかにも音楽に青春かけてますといわんかばかりの女の子。確かにこの見た目ならギターケースを持ち歩いていても不思議ではないだろう。携帯式端末に偽装IDを登録しておくのも忘れない。これで突然ID
の提示を求められても困ることはない。そして自分の本来のIDはバイト先という設定になっている先生のBARに向かったようにプログラムを偽装する。念には念を入れるのなら専門の機器でこうした細工はするべきなのだが、何分嵩張る。それにユーリクラスの人間がそれなり以上の設備を用いなければこの偽装は見抜けまい。その程度には自分のクラッキング技術に対する自負はある。ギターケースの二重底の下に今回の仕事道具が収められていることを確認すると、不要になったつなぎをダストボックスに押し込み路地裏を出た。

先生の口ぶりからミレニアムタワー前広場はもう少し遠いかと思っていたのだが、案外近かったな、と目の前に広がるミレニアムタワー前広場を見ながら考える。時計を見れば10時30分。まだまだ時間には余裕がある。周りを見て回る時間もありそうだ。そう思った私は、あたりを見て回ることにした。ミレニアムタワー前広場は、緑が豊かで中央のホログラムではない本物の噴水が見事な小洒落た公園だった。中央には決起集会用のものだろう、ひな壇があった。

さらにぐるりとあたりを見渡す。周囲には高層ビルが立ち並んでおり、今回の狙撃地点である田辺ビジネスホテルも、その一角にあった。警備陣からすれば、ここは厄介な場所だろうなと思う。何せ狙撃地点の候補地が多すぎる。ビル風が激しいとはいえ、一定以上の力量を持ったスナイパーからすればそんなもの、修正できる誤差に過ぎない。運がいい、と内心つぶやく。それに近くに下水道のマンホールが近くにあるのも好都合だ。狙撃後はそこから下水道に逃げ込めばいい。旧時代から無秩序に増改築を繰り返した結果、上下水道はもはや迷宮だ。そして私には以前先生にもらった上下水道の地図がある。端末にインストール済みだ。この依頼は成功だな。私は内心つぶやく。

見て回るうちに11時になったので、昼食と必要な道具を近くのコンビニで買うことにする。
合成サンドウィッチと合成サイダー。今では珍しい瓶入りの合成ビールと灯油1リットルに生卵、合成洗剤をかごに入れ清算する。生活感あふれる買い物と見た目のギャップで二三度振り向かれたが構うものか。田辺ビジネスホテルについて偽装IDを提示すれば、にこやかな笑みとともに503号室に通された。

部屋に入ると、ギターケースの二重底の下からスコープとリンクするシール状の一種の監視カメラであるカメラパッチを取り出し窓に張り付ける。そしてその上でブラインドをおろす。これで、警備陣からはこの部屋からの狙撃は困難に見えることだろう。最もこの監視カメラのおかげで実質的にブラインドなんて用をなさないし、何だったらスコープ代わりにもなる優れものなのだが。

そしてベッドを部屋の中央に移すと、高さを窓枠と同じぐらいの高さに合わせる。ややふかふかしているが、狙撃台の完成だ。そしてその上に本命の仕事道具である分解状態のアームズマリアル社製12.7ミリ対物ライフルを置く。ほこりの入らないように、妙な歪みの入らないように慎重に組み立てていく。そして最後にスコープを取り付ければ完成だ。

さっそくスコープを覗き込み狙撃体制をとる。スコープの中にはカメラパッチ越しに描かれる、ミレニアムタワー前広場の様子が映る。左右に動かしてみる。問題なし。上下に動かしてみる。問題なし。スコープの倍率をいじれば、カメラパッチもきちんと連動している。しっかりとひな壇の上の演説台をとらえることができた。よほど組み立てをミスっていなければ問題ないだろう。ひっそりと狙撃銃をベットの上に置く。

さて、次はちょっとした小道具作成の時間だ。合成サンドウィッチをかじり、合成サイダーで流し込む。その間に合成ビールを流しに捨てる。若干もったいないなと思うが、まあ必要経費だ。そして空になったビール瓶の中に灯油を入れ、更にといた生卵と合成洗剤を入れ、入り口を灯油で浸したタオルで詰めれば特製火炎瓶の出来上がりだ。この火炎瓶は化学消火剤以外では消火できないので、警備の連中さぞや仰天することだろう。逃げ出す前の花火には最適だ。

時計を見る。11時半。時間が余ってしまった。暇なので、カメラパッチに車列が近づけば警報を鳴らすようにセットし、ギターケースに忍ばせておいた一冊の本を取り出す。電子書籍が主流のこのご時世、電子データでダウンロードした奴を、いまだに細々と営業している製本屋に持ち込み製本してもらったお気に入りの一冊だ。タイトルは「PSYCO-PASS」。旧時代に書かれた架空の未来都市を描いた作品だ。その閉塞的な未来感が何よりも素晴らしい。私の好きな旧時代の作家、伊藤計劃の小説が原案だとも聞く。パラパラと流し読みする。ふと思う。かの作品の登場人物である槙島は、私たちの都市を見てなんというのだろうと。

警報が鳴った。スコープをのぞけば黒い車列。降りたのは、護衛と、間違いない、青島だ。いつの間にかひな壇の前には支持者と思しき者たちが集まっている。そしてその上空には「壁」周りを飛んでいるのと同型のドローン。思っていたより警備が分厚いな、そう思う。まあ、妨げにはならないのだが。ベットに腹ばいになり狙撃体制をとる。

スコープの中では掲げられている新東京都の旗に一礼すると、一人の男が演説台の前に立つ。マイクを握ると話し出す。『諸君、親愛なる諸君!我々は、今、未曽有の危機に直面している……。』話の内容、口調からして間違いなく青島だろう。だが、そっくりに成形した影武者という説も否定しきれない。カメラパッチを操作し、照合にかける。分析中という文字がひどく煩わしい。とっととそのうるさい文句をさえずる頭を吹き飛ばしてやりたい。そんな思いがふとよぎるも、頭を振って遠くにやる。やっぱり、しばらく暗殺から遠ざかっていたせいで錆びついている。暗殺直前にこんな無駄な思考をするなんて。

ポーンという音とともにカメラパッチからの通知が視界の中にポップアップ。青島の本人の可能性99.9999%。その表示に私は舌なめずりを一つ。照準を青島の頭に合わせる。演説は佳境に差し掛かっている。『だからこそ私は諸君らにいいたい。君たちは、新東京都が君たちに何をしてくれるかではなく、君たちが新東京都のために何ができるのかを考えてみてほしい!それが……』私は鼻で笑う。もう青島はそんな無駄なことを考える必要はないのだから。その思考を最後に私は引き金をゆっくりと引き絞った。そしてそのコンマ数秒後、青島の頭部が爆砕するのをカメラパッチ越しに私は見た。

「ビンゴ!」

私は小さく叫ぶ。カメラパッチ越しに、ドローンが2、3機われ先にこの部屋めがけて突っ込んでくるのが見える。さすがに発射点はばれたということだろう。だが、私は慌てない。カメラパッチとの連携を解除するとブラインドを引きはがし、窓をたたき割る。すぐそこには突っ込んでくるドローンの姿。制圧を重視しての自爆型かもしれない。だが、それがどうしたというのだ。私は手首から内部に仕込まれた単分子ワイヤーを放出するとドローンに引っかけてやる。バランスを崩すドローン。その期を逃さず後続のドローンたちに叩きつけてやる。飛行能力を失い、墜落するドローンの塊。誘爆したのか起爆したのか、大爆発を起こす。警備と支持者が爆風に巻き込まれのたうち回っている。ヒュウと軽く口笛を一つ。単分子ワイヤーを窓枠に固定すると義体の機能の一つ、光学迷彩を起動する。透明になる私。必要な道具をひっつかむと、窓からバンジーロープと決め込んだ。

軽い音とともに地上に着地する私。ただ警備も同様から立ち直りつつある。しかも悪いことに、光学迷彩の起動を見られていたようで、「敵はステルス!サーマルを使え!」との声が飛び交っている。見えていないだろうに、私の走る軌道に合わせて銃撃が追いかけてくる。かなり練度が高いらしい。狙いはかなり正確だ。だがそれは想定の範囲内だ。作っておいた特製火炎瓶を投げる。地面で破裂し、猛烈な炎を噴き上げる。尋常じゃない火の勢いに、銃撃が一瞬弱くなる。それにちらりと見るとアスファルト沿いに延焼しつつある。あれではもうサーマルは使えまい。ダメ押しとばかりにライフルを弾の続く限り連射する。弾の尽きたライフルは投げ捨てる。警察バッチを投げ捨てるのも忘れない。動揺の広がる警備をしり目に、私はあらかじめ目をつけておいたマンホールに飛び込んだ。


下水道に逃げ込んだ私だったが、絶賛逃亡中だった。警備の連中、警護対象をぶち殺されたことによっぽどお冠らしい。高価ゆえに投入はためらうだろうと思っていた陸戦型ドローンを躊躇なく下水道に投入してきた。正直故障や損耗のリスクを考えれば、責任者の更迭は免れまい。ただ少なくとも私にとっては一番の嫌がらせだった。性能さで優っているとはいえ、こちらのベースはあくまで人間。ドローン相手に生身で立ち向かうのは避けたかったが仕方がないか。私はそうぼやくと暗い下水道を走り始めた。

結局のところ、下水道脱出まで12機のドローンをスクラップにする羽目になった。その代価としてきている服はボロボロだ。割といい服だけだっただけに、もったいないことをしたなと思いつつマンホールから這い上がる。空を仰ぐともう真っ暗だった。これではユーリはもう寝てしまっているだろう。それどころか、ゲートもそろそろ閉まってしまう。かといってこの格好でゲートを無事に通過するのはまず無理だ。傷はないとはいえボロボロの服に下水道の悪臭が染みついている。暗殺者が下水道に逃げこんだ情報ぐらいは共有されているだろうから、間違いなく銃撃戦になる。だが私はもう何の装備もないのだ。光学迷彩はエネルギー切れ、単分子ワイヤーも使い切り、補充するまでは使えない。さてどうしたものか。そんなことを考えていたのがよくなかったのかもしれない。後ろからその人が近づくのに全く気付けなかった。

どさり、と何か重たいものが落ちる音に慌てて振り返れば、そこにいたのは私の工場の現場主任だった。

「糸杉さん、だよね」

その声は震えている。信じられないものを見た、といわんかばかりに。実際主任からしてみれば訳が分からないだろう。午前中で帰ったはずの部下が、ボロボロの服装をして下水道から出てくるのを見てしまったのだから。

「そうです、糸杉です」

そう答えながらも私の脳裏は高速で回転している。どうやってごまかすか。それになぜこんな時間に主任はこんなところに?まさかつけられたのか?そこまで考えその考えを否定する。主任の格好を見ろ。くたびれたスーツに大きな紙袋。ようやく仕事から解放され、お土産を片手に家に帰る途中だったのだろう。これはかなりまずい状況だな、と内心歯噛みする。

「糸杉さんはどうしてこんな時間に……?それに帰ったはずじゃ……?」

主任の不思議そうな声。

「ああ、ちょっと野暮用で……」

「そっか、野暮用なら深くは聞けないなあ……」

ハハハ、と空虚な笑い声が二つ。よりによってその言い訳はないだろうと我ながら思うが、とっさに気の利いた言葉が出てこないこの身が恨めしい。それに、気の利いたことを言うにはかなり疲れすぎていた。

「まあ、こんな時間に雑居区の人がそんな恰好でいるのは危ない。ゲートまで送ってってあげるよ。何せ最近はここも治安があんまりよくない。先ほども、政治家、が、暗殺、された、よう、だし……」

だんだん尻すぼみになっていくその声。主任の目線がボロボロの服とマンホールを往復する。主任の顔に急速に理解の色が広がり、何かを口に仕掛けて―

ぱしゅん。

そんなささやかな音とともに主任の胸元が深紅に染まった。

「あえ?」

何が起こったのかよくわかっていない。そんな顔で血まみれの胸元を抑える主任。

ぱしゅん、ぱしゅん。続けざまに鳴り響く奇妙な音。私はその音がサイレンサーで抑制された銃声であることをよく知っていた。主任のスーツの赤色の面積が増えていく。いよいよ立っていられなくなったらしい。崩れ落ちる主任。大事そうに握りしめた紙袋が手から離れる。そのあいた紙袋から何かがコロコロと転がり出るのを見る。崩れ落ちた主任にサイレンサーつきの拳銃を向けるよく見知った人の姿。

「待っ……!」

だが私の制止を聞いてか聞かずか、その人は構うことなく引き金を引く。ぱしゅん。その音とともにくたりと主任の体から力が抜ける。広がっていく血だまり。駆け寄ってみれば、街灯の光で照らされる、小さな穴の開いた脳天。間違いなく即死だ。足元に転がってきた塊を街灯の光が照らす。それは小さなカップケーキだった。生クリームとともにチョコレートの板が乗せられている。さぞかしお金のかかったであろう一品。チョコの板にはたった一文が刻まれている。「誕生日、おめでとう」

私はとっさにこみあげてくるものをかみ殺す。そして月明かりに照らされたその人に向かって小さく叫ぶことしかできない。

「何で殺したんです、先生!」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み