第13話

文字数 2,480文字

13.
旧東京港を何とか抜け出した私たちは、新東京都の街並みを駆け抜けていた。上空には新都警のヘリコプターが乱舞し、地上では重武装の警官たちが阻止線を張っているけれど、彼らの目線はあくまで地上に釘付けだ。市民管理部の連中よりよっぽどやりやすい。
光学迷彩を起動させ、一路先生のBARへと駆ける。そして見えてきた。通いなれた裏路地が。

「おろしてくれ。ここまで来ればもう大丈夫だろう」

そういう救護対象の男に従い、救護対象の男をおろす。

「さっきは君たちのおかげで助かった、本当にありがとう」そう言う男に「いえ」と短く返しながら先生のBARを目指す。そして間もなくBARが見えてくる地点まで来たとき、何か喧騒が聞こえてきた。「どうしたのかね」と尋ねてくる男に唇に指をあて静かにするよう合図をすると、男も一つうなづき拳銃を抜く。私も拳銃を抜き、そっと陰からBARの方を伺う。

そこでは先生が戦っていた。プランターは爆砕し、複数の強化装甲服を着こんだ兵士が倒れ伏している。所属票が見当たらないことから、市民管理部の連中だろう。今もなお、先生が複数の強化装甲服をまとった兵士相手に接近戦を繰り広げている。市民管理部の連中は先生を生かして捕らえたいようで、得物は電磁バトンだ。それに対し先生は右手にサイレンサー付きの拳銃を構え、左手には高周波ナイフを持ち兵士たちの相手をしている。踏み込んできた兵士には高周波ナイフで迎え撃ち、距離のあるものや体制を崩したものへのとどめとして拳銃を用いているのだ。その動きは非常に洗練されていて、複数の兵士を同時に相手取ってもたやすく圧倒している。だが兵士の数がいかんせん多い。先生の体の傷も少なくなく、いつもきれいにセットされていたオールバックの髪もすっかり乱れてしまっている。

ふと肩が後ろから軽く小突かれた。見れば救護対象の男。小さくささやいてくる。「助けに行くぞ。」この男を戦闘に参加させてもいいものか。そう悩む隙もなく男は壁から飛び出していく。

「ああ、もう!」

こうなっては仕方がない。そう悪態をつきつつ私も男の後を追った。


意外というべきか、男の戦闘技術はかなり高かった。私たちに気づいていない兵士たちに後ろから忍び寄ると、一気に首に手を回し締め上げ盾とする。兵士たちがとっさに射撃をためらう中、男は的確に強化装甲服の弱点を撃ち抜き次々と始末していく。私も負けてはいられない。一気に飛び上がり動揺する兵士たちの背後をとると、私も拳銃と高周波ナイフを構え近いものはナイフで、距離のあるものは拳銃で始末していく。兵士たちが全滅するのに時間はそうかからなかった。

「助かりましたよ、百合君、ジョン君」

そう言って微笑む先生に、無事で何よりです、と頭を下げる私。ジョンとは誰だ、と思うが、その疑念に気づいた先生が「君の護衛対象がジョン・ドゥ君ですよ」といってくれたことでその疑念は氷解する。それにしてもジョン・ドゥとは。コードネームか偽名かは知らないがストレートでわかりやすいと思わず苦笑する。

「それで、例の物は?」

とジョンに問う先生。ジョンは自分の端末を操作しながら

「今生体認証で封印を解除しました。先生の端末に送信中です」

という。先生は頷くと「よろしくお願いしますよ」といった。データが送られるのを待つ、手持ち無沙汰な時間。何とはなしにあたりを警戒する。そして私は見てしまった。倒れ伏し、すでに息絶えたと思った兵士の背中がわずかに動くのを。最後の気力を振り絞って、懐から手りゅう弾を取り出し、先生たちめがけて投擲するのを。とっさにその兵士の頭を撃ち抜く。今度こそ絶命する兵士。だが投げられた手りゅう弾は止まらない。グレネードに気づいた先生の顔がぎょっとゆがむ。直後、手りゅう弾が爆発した。

濛々たる煙。何も見えない。その煙をかき分け先生のところに駆け寄る。

「先生、先生!」

先生は頭を振って立ち上がろうとしていた。

「私も義体です!この程度では死にません!それより、ジョン君は!」

そう言われて慌ててジョンを見る。そこには肉塊になったかつてジョンだったものがあるだけだった。おそらく、もろに爆発を浴びたのだろう。黙って首を振ると先生はギリと歯ぎしりする。そうだ、データは無事なのだろうか。背中につららを突っ込まれたような悪寒が駆け抜ける。

端末を確認している先生に「先生、データは!」と尋ねる。先生はほんのわずかに口元を緩ませると、

「データは無事です。何とか間に合いました。他の同志たちにも伝達済みです。」

という。だがそこで表情を沈鬱にゆがめると、

「ですがジョン君には悪いことをしました。それにその様子だと他の子たちは……」

と口ごもる先生に黙って頷く。「そうですか……」と長々とため息を吐く先生。

だが表情を改めると先生は言った。「百合君、一度君は家に戻りなさい」と。てっきりこのまま壁のメンテナンスハッチから内部に侵入するのだと思っていただけに、きょとんとしてしまう。その表情に気づいたように先生は続ける。

「明らかに情報が漏れています。状況は膠着していますが、アジトも襲われています。君の家も危ないかもしれない。恋人を安全な場所に逃がしてからまた合流しなさい」

そうだ、ユーリ。ユーリのことを忘れていた。どうして忘れていたのだろう。自分の間抜けさに吐き気すら催す。何となくユーリだけは安全だと思っていた。だが、こうして市民管理部が動いているのだ。私がこれまでの暗殺や反壁活動にかかわっていたこともばれている可能性がある。そして連中が、いくらユーリが新都警の警官だとはいえ、捜査に手心を加えるとは思えない。今こうしている間にも、ユーリの身に危険が迫りつつあるかもしれないのだ。素直に頭を下げる。だが、先生はどうするのだろうか。そう思って先生の顔を見る。

「私は襲われているアジトの救援に向かった後、壁の破壊に向かいます。そんなに時間をかけるつもりもありませんから、君も急ぐように」

そう言って微笑む先生に、私は一つうなづくと、一気に駆けだした。ユーリの待つ家に向かって。
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