第2話

文字数 2,681文字

2.
家を出たのが遅かったのが悪かったのか、数少ない合法的な新東京都に入るための手段であるゲート―第68番ゲートの前は、私のようなつなぎを着た労働者風の人々で一杯だった。列を作ってゲートを通るための保安検査の順番を待つ私たちの頭上を、下部に軽機関銃を備えた円盤状のドローンが通過していく。そのうちの一機が高度を下げると私の二つ前の男の前でホバリングし、顔認証を始めた。何かセンサーが感知でもしたのだろうか。

そのふよふよと滞空する姿を見てふと、昔記録映像で似たようなものを見たことがあるとふと思った。あれは何だったか。そうだ、ルンバだ。あのドローンは空飛ぶルンバにそっくりなのだ。そんなことを考えているうちに、ドローンはお目当てのものを見つけたらしい。一気に高度を上げるとビープ音を流しだす。同時に合成音声による警告音が流れる。

『爆発物、発見。爆発物、発見。「壁」に対し危害を加えるものは無警告で排除されます。ご注意ください』

それとともにグリンと備え付けられた下部の機関銃が狙いを定める。周囲から今から何が起こるかを察してしまった絶望のうめき声。私はとっさに大地に体を投げ出した。直後、ドローンに搭載された軽機関銃が軽快に発砲を開始する。瞬間、無数の弾丸により男の上半身がちぎれ飛ぶ。だが発砲は終わらない。そのまま扇状に掃射を加えていく。私の頭上を何発も弾丸が通り過ぎていく。後ろの老婦人がうめき声をあげて崩れ落ちるのを肌で感じる。だが10秒もたつと弾が切れたのか『鎮圧、完了しました。市民の皆さん、良い1日をお過ごしください』というアナウンスを残して飛び去って行く。

残されたのは7,8人の死体と血まみれになった私のみ。やれやれという顔をした、強化装甲服をまとった警官たちが、てきぱきと死体を死体袋に収めていく。運よく撃たれずに済んだ人々もいつものことだといわんかばかりの顔をして列に空いた穴を埋めていく。正直思うところはある。何なら携帯型端末でドローンをジャックして警官どもに弾丸の雨をぶちまけたいぐらいに。正直ユーリほどではないがクラッキングの技術には自信があるのだ。思わずドローンを見る目がきつくなる。とんと後ろから軽く肩をこずかれる。振り向けば見知らぬおじさん。黙って首を振っている。確かに反抗的な態度はドローンの監視対象となる。私は一つため息を吐くと、前に進んでいった。

そして、私の保安検査の番がやってきた。血まみれの私にも眉を動かすことなく、ただ「検査機の前に」というのみ。おとなしく検査機―一見するとただのホワイトボードだ―の前に立つ。増幅された私の感覚神経が、私の体を探査ビームがなぞっていくのを感じる。前よりも探査の質が上がっているな。そう確信する。探査ビームの数も増えている。思わず眉をしかめる。正直、此処のゲート程度の探査では私の体が全身義体であることは見抜けない、はずだ。何せ私の義体自体、同格好の女性の体重まで徹底した軽量化がなされているほか、徹底した対探査欺瞞措置がなされている。それでもいつものことながらどうしても緊張してしまう。もし、私の知らない技術が導入されていたら?もし、抹消されたはずの私の軍籍データが何らかの形でサルベージされ、こちらに回っていたりしたら?待ち受けるのはぞっとしない未来だ。だが、今回もまた何とかなったらしい。「通ってよし」の言葉とともにゲートが開く。だがそのゲートを潜り抜ける前に

「ああ、ちょっと待て!ええと、糸杉百合!」

との声がかけられる。ひやりとする内心を隠しつつ

「まだ何か?」と振り返る。

「そのアウターヘブンの糞どもの血で汚れた服は変えていけ。不潔だからな。シャワー室は貸してやる。つなぎも勝手に持っていけ。どうせ支給品だ。」

そうつまらなさそうな顔をして吐き捨てるように言う係官。その頭を握りつぶせればどれだけ愉快かという内心はおくびにも見せず、指示されたシャワー室で手早く体を洗い、置いてあったつなぎを身に着ける。通りすがりの警官にヒュウという口笛とともに

「いい映像撮らせてもらったぜ、嬢ちゃん!どうだい今夜!アウターヘブンなんかじゃ味わえない快楽を味わえるぜ!」

などの言葉が投げかけられるが、努めて無視する。体を撮られたぐらいで何だというのか。押し入られなかっただけ今日の連中はまだましだ。そう自分に言い聞かせようにも目つきが厳しくなるのを抑えられない。

そしてようやく新東京都側―ヘブン側―のゲート前にたどり着く。ビープ音とともに開いていく鉄製のドア。いつもドアをくぐるたびに実感するが、新東京都側は別世界だな、と思う。道にゴミが落ちてない。どのビルの窓もピカピカに磨き上げられ、曇り一つついてない。道行く人々も裕福そうで、笑顔に満ちている。これでこの辺りは新東京都の中では治安が最悪だというのだから、嗤ってしまう。雑居地側の裏路地で、残飯をめぐって少年たちが殺しあっているのとは大違いだ。そして何より空。どこまでも澄んだ、綺麗な青空だ。しかもこちらではガスマスクなしに呼吸ができる。防護服も当然必要ない。くるくるとその両者をカバンに収める。どちらも私には必要ないものとは言え、気分が違う。

それだけにこの壁が憎らしい。私もユーリもアウターヘブン側では恵まれたほうなのだ。何せ私はカバーとはいえ新東京都側に出稼ぎに来れているし、ユーリは自宅勤務中とはいえ新東京都警の警官だ。給料的にははるかに恵まれている。それでも私たちは新東京都側に住むことは許されない。なぜならアウターヘブン出身だから。政治家は努力すればだれでも新東京都は受け入れると、それが選択と集中なのだと謡っているがそんなの嘘っぱちだ。私は壁を見上げる。装甲版でおおわれた巨大な黒い壁を。嘘か誠か、この壁は1トン爆弾の直撃にも耐えるらしい。壁のいたるところには銃座が備え付けられており、壁の一番高いところでは強化装甲服を着た警官連中が重機関銃片手に不法侵入者を監視している。

それにしても忌々しい壁だ。ぶっ壊せればどれだけ爽快なことか。そんなことを考える。雑居区と新東京都という区分がどれだけの不幸を生んできたことか。そもそも私があの実験に参加させられたこと自体、私がアウターヘブン出身だからってだけで―そこまで考え私は頭を振る。今日の私は一体どうしたというのだ。起きてからこんなことばかり考えている。しばらく本業から遠ざかっていたからかもしれない。忌々しい奴らをぶっ殺せていないから……。頭を一つ振ると、今度こそ私は義足工場へと足を向けた。

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