第13話 満員電車にて(テーマ「遊び」2022年11月)

文字数 1,886文字

 佐々木大輔は高校二年生。中学時代はバスケ部のキャプテンをしていたが、今はバンド活動に勤しんでいる。パートはベース。ギターの石井、ボーカルの鈴木、ドラムの三浦。それぞれ顔立ちも良く、技術もあるのだが、なんといっても佐々木がバンドの要だ。この男がいれば、ライブのチケットも即完売してしまう。クールなイケメンとして女子高生のみならず女子大生や社会人にまでファンがいるのだからたまらない。小学校時代に通った代々木楽器音楽教室の仲間で作ったバンドなのだが、他の三人が佐々木を妬んでいるかというと、そんなことは勿論ない。佐々木は性格がよく、彼らからの信頼も厚い。中堅の私立男子校に在籍しているが、もし勉強に専念すれば国立大学附属高校や、有名私大の付属高校にも合格したはずだ。運動も音楽も、更にプログラミングまで行う佐々木にとって、勉強中心の中学・高校生活はあり得なかったのだ。結果的に現在の高校でトップクラスの成績を維持できており、例の有名私大くらいは推薦で入れるだろう。
 そんな佐々木は当然、モテる。高二にして既に九人と関係を持っている。しかし佐々木も十代の男子である。次への意欲が尋常ではない。何としても高二のうちに二桁の大台に乗せたい。そうすれば追撃してくる石井や三浦に抜かれる心配もないだろう。しかし、寄ってくる女には飽きて来た。大体、有名な佐々木と付き合ったり、体を重ねたことを自慢したがる女たちなのだ。この手の女は佐々木を連れまわし、写真をバカスカ撮った挙句に投稿する。なんだか自分がぬいぐるみにでもされているかのような感覚に陥る。もっとも自分も、彼女たちとは遊びである。いや、同時に学びだ。増え続ける経験値はおそらく、本当に愛する誰かを喜ばせるために使われる。そのために佐々木はナンパを試みる。
 つまり、節目の十人目は今までとは違うタイプでなければいけない。向うから近付いてくる女はダメだ。自分で口説き落とす必要がある。そしてそれは、難攻不落の美少女でなければならない。そう、毎朝同じ車両に乗っている、お嬢様学校の制服を着たあの子でなければならない。いつも電子書籍端末のギントルとにらめっこしている眼鏡の美少女。お嬢様学校にして偏差値六十五は下らないはずの進学校だから、きっと読んでいるのは難しい文学作品だ。明らかに今まで親しくしたことのない女性。押し合う満員電車の中で、佐々木はジリジリと彼女に近付く。

 山下加奈子は伝統のある女子高の一年生である。中学からの内部進学だから、父親と教師以外の男性とは三年以上接して来なかった。中二の時に買ってもらったギントルで古典的な文学作品を読むことを好んでいたが、活字から空想する世界に飽き足らず、現実世界で生きていく術について考え、実践しようと思っている。しかし、家庭も学校も自分を規則で縛り過ぎている。学校の課題も多いうえ、バイトは禁止である。いったいどうやって自立を目指すべきなのか分からなかった。高校一年の春、何気なくインターネットを眺めていた時に出会ってしまった。ちょっと大人びた雰囲気の一匹狼少女、田代に聞いてみると、既に彼女は経験済みだという。田代がやっているなら、と聞きかじった通りにスクロールし、シャッターを切った。そして送信ボタンをタップする。簡単だった。何人かの友人が内緒でコーヒーショップのバイトをしていたが、彼女たちの給料を容易に超える金額がすぐに手に入った。一昔前のはやりや、くたびれてしまったものまで売れてしまう。ゴミも減らせるので良いことをしている気がする。下着や靴下、中学時代の制服すらお金になる。楽しい。遊び感覚で稼げてしまう。文学部に憧れていたはずの山下は、商学部か経済学部に行こうと考えるようになった。そして、買ってくれる顧客の嗜好を学ぶため、山下がギントルで読むものは男性向けの成人マンガになった。

 その山下に、佐々木がジリジリと近付く。満員電車の中だ。山下はそれに気付かない。佐々木が抱えるベースが、山下に当たった。ふとギントルから目を上げる山下。そこにイケメン佐々木の、ちょっとだけ詫びる雰囲気の爽やかな笑顔が飛び込む。さあ、俺に興味を持て、眼鏡の清楚な美少女よ。佐々木は心の中で叫んだ。何この男、何の笑顔よ、気持ち悪い! 山下は咄嗟に睨む。が、同世代の男子とまともに向き合う経験のない山下。即座に頬を赤く染めてしまった。

 混雑した電車の中で、毎朝見かける高校生たち。暇のないブラック企業に勤める俺の遊びは、彼らを眺めながらこんな妄想をして、文章を書くくらいしかない。   

 【了】 
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