分業

文字数 984文字

結婚して一緒に暮らし始めれば、それまで気付かなかった感覚の違いにぶつかるのは当たり前。違う環境で育った人間同士なのだから。話し合って譲り合って許し合って、新しい家庭を作っていくものなのだと思えば、特に苦になることはなかった。
子供が生まれて妻が母になって、夫は我が子に妻を奪われたような寂しい気持ちになる。母親は妊娠中10ヶ月もの間、自分にしか守れない命を体内に感じ続け、自分が母親であることを体得している。でも父親は、生まれてきた我が子に出会っても、なかなか父親になったことを実感できない。妊婦になって真面目にマタニティスクールに通ったり、妊婦向けの雑誌を読んだりすると、そんな夫の扱い方、マニュアル知識が身につく。出産後の不安定は、ホルモンバランスの影響で自然なことだと言われ、夫に理解されないことはある程度仕方のないことだと言われ、母親はそれを超えていくものだとする。
私は、夫にできると思うことだけを期待した。夫はそれに添うようにしようとした。私はそれに感謝した。夫には分からないだろう、できないだろうと思うことは期待しなかった。期待に敗れてがっかりするのも嫌だったし、私の我儘だと思って我慢すれば、それで済むことばかりだった。家事と育児に追われていれば、私は自分の価値を感じていられたし、夫に文句を言うのも教え諭すのも、その余裕がなく面倒だった。
夫は私の3回の出産に寄り添い、3人の子ども達の誕生を喜び、妻の変化を同僚に語り、自分が妻と3人の子ども達を養う父親であることを感じたと思う。
家庭が全ての専業主婦。家族を養うために休みなく仕事に出かけ、食べて飲んで寝ることができて、妻や子ども達が元気であることだけが家庭の夫。そうやって私達は、当たり障りのない分業を営み続けた。
私は特に他の家庭と自分の家庭を比べることはなかったけれど、どこの家庭も似たようなものだと思っていた。夫が休日、付き合いだと言って妻子を置いて遊びに行けば、そうできない妻は不満を持つ。でも夫が家でゴロゴロ休んでいて、家事の分担ができなくても妻は不満だ。夫が部活の指導だと言って、休日なく仕事に出かけて留守だったことは、猫の手も借りたいと思うときに不満になるだけで済んだ。それは私の生活力の向上と、理想を追わないことで克服できることだったわけだから、それはそれでうまくやってこられたのだと思う。
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